ザイラス王国は、数十年前まではやや魔物よりの中立国だったが、竜皇国ドラゴニアと友好条約を締結したことにより親魔物国となった。
そのような経過から、ドラゴン属やリザード属などの魔物娘が多いのが特徴であり、自前の竜騎士団も備えていた。
旧魔王時代に比べれば非常に行きやすくなったドラゴニアだが、魔界ということで尻ごみするものもまだ多い。
一部では第二のドラゴニアとも呼ばれるこの国には、ぜひ一度ドラゴンをこの目で見てみたいという観光目的で来る人が多く、その他に竜騎士にあこがれる若者も少しいて、その中にフェンはいた。
フェンは酒場の入り口に立っていた、手に持っている観光用パンフレットには独身の魔物娘に会うならここが一番と書かれていた、もちろん独身の魔物娘たちにより結成された観光協会が作成したパンフレットである。
店に入ろうとしたところ、中から怒号と悲鳴と大きな物音が聞こえて一人の男性が泣きそうな顔で店の外へ飛び出した、ぶつかりそうになったのを余裕で避けたフェンの耳に「弱い奴に私の背中に乗る資格なんて無いわよ!覚えておきなさい!」という女性の大声が聞こえた。
次に飛び出してくる人がいないことを確認して入店したフェンに視線が集まった、注目を浴びることは覚悟していたので気にせずまっすぐカウンターに向かった。
「ミルクをくれないか、できればホルスタウロスミルクで無いのを、あれは濃すぎるから苦手なんだ」
フェンはカウンター席に座りマスターに注文した。
「お客さんは禁酒主義なんですか?」男性のマスターは珍しい種類の客からたまにある注文を受けて作り始めた。
「親父の遺言だよ、酔っぱらって川に落ちて水死だからね」
「それはそれは、ところでこの国には観光で?」
「この格好で観光に来たように見えるかなあ」
フェンは腰に剣を下げ、軽装の鎧を着ていた、傭兵や用心棒といった職種なら良くある姿だった。
「それではなんかの仕事で?」
「この店の他の人間の客と同じだよ、竜騎士になりに来たのさ」
「はい?」
マスターは聞き違いかと思った。
「ところでさっき大声で騒いでいたのは誰なんだい?」
フェンの質問に対してマスターが示した先のテーブル席にドラゴンが座っていた。
この店には他にもドラゴンはいたが、彼女は他に比べて目つきが鋭く近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。
「ケンカの理由はなんだったの?」
「ノーナ様は『自分より強くなければ絶対背中には乗せない』という方で、軽い気分で声をかけると先ほどの様になるのですよ」
「名前はノーナか…、ところで『様』付けということは貴族かなんかなの?」
「ノーナ様は我国の竜騎士団長ジムス様の一人娘です」
「竜騎士ジムス!?」
フェンは驚きの声を上げた。
「ご存知でしたか?」
「ご存じも何も…、竜騎士になろうという人間が竜騎士ジムスの名を知らなかったらモグリか、にわかだろうが…」
ドラゴニアと異なりザイラス王国の竜騎士団長はドラゴンの夫が務めていた、それはこの国の最初の竜騎士ジムスの事情による。
ジムスはザイラス王国の歴史ある武門の次男として生を受けた、小さいころより武芸に優れていて、戦乱の世の中なら彼が後を継ぐと評されていた。
しかし、戦らしい戦はあまりなく『兄上は武芸以外のすべてで私より優れている』と、兄弟仲も良かった。
兄が一族の当主についた時、ジムスは竜騎士になるという長年の夢をかなえるためドラゴニアへ旅立ち、あるドラゴンに勝負を挑み、ドラゴニア闘技場での死闘の末勝利を収めた。
このことはドラゴニア内外に衝撃を与えた、人間がドラゴンに純粋に武力で勝つということはここしばらく無かったからだ。
ジムスはそのドラゴンと結ばれ、竜騎士になり、さらにドラゴニア女王デオノーラから『ドラゴンスレイヤー』の称号を与えられた。
ザイラス王国にドラゴンとともに帰還したジムスは英雄として迎えられ、国王によって竜騎士団長に任命され、兄と協力してドラゴニアとの友好条約締結に成功した。
旧魔王時代も含めて有名無名様々な竜騎士がいるが、とくに有名な竜騎士たちの一人に数えられている。
「よし決めた!」
フェンは意を決してカウンター席から立ち上がった。
「決めたって、何をです?」
マスターが怪訝な顔をして尋ねた。
「ここで会ったのも何かの縁!彼女を俺のドラゴンにして竜騎士になる!」
「さっきのは本気だったんですか!?」
「冗談を言う時と場所はわきまえている」
「いくら本気でもお客さんが竜騎士になれるわけが…」
フェンはマスターの声を無視してノーナの席に近づいた。
「ちょっといいかな」
「何か用?」
声をかけたフェンに対してノーナは不機嫌そうな声で答えた、これが他の客なら返事もしなかったろうが、この店ではあまり見かけない種類の客だったので多少の好奇心もあり
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