1 出会い

 ナルカーム神聖大学は教団の持つ複数の教育機関の中では最大の規模を誇る、特に図書館は「本棚を一直線に並べれば端から端まで休みなしで歩いても十一日と半日はかかる」といわれるほどだった。数字が具体的なのは昔ある学生グループが一年かけて実際に測ってみたかららしい。
 また、昔は教団の本部がこの土地にあったということもあり、教団の公文書だけでなく関係者の私文書も大量に保管されていた。
 歴史学者を志した僕はここの歴史学科に入学した。
 当然学生寮もあり今朝も僕はそこの食堂で朝食を取っていた。
 「おはようございます」長テーブルで食べていたら、隣に座った学生からあいさつされたので僕も「おはようございます」と返事をした。
 「いえちがいます、わたしはそちらの人にあいさつしたのです」あせった声でその学生は僕の隣にいる人を指差した。
 人の顔や名前を覚えるのが苦手で、覚えてもすぐ忘れてしまうので、覚えのない人から声を掛けられても適当に合わせて返事をする癖がある。それゆえときどきこうなる。
無味乾燥な文書はいくらでも覚えられるのになぜこうなるのか。
 「朝から何バカやってんだよ、スクル」あきれた声をかけられた。
 声を掛けてきたのは学生寮で隣の部屋に住んでいるローキだ。彼は教団騎士養成科の学生で、僕にとって数少ない友人である。友人が少ないのはあきらかにこの記憶力のせいだ。
 念のためだがスクルとは僕の名前である、いくらなんでも自分の名前は忘れない、と思う。
 「それより今度の定期試験だが教団史と戦史が出されるようなんだ。また教えてくれ」ローキは実技や兵法は問題ないのだが歴史を苦手としている。
 「いいよ、ただ僕も研究でそんなに時間が取れないんで、僕がいなくても部屋に入っていいから『大陸史概論』を読んでてよ、問題のほとんどはあれから出ているようだから」
「あんなぶ厚い本を読めというのか」
「出そうな所に付箋を張っておくから、あと僕の部屋で読んでくれ、絶対に持ち出すなよ」
以前ローキに本を貸して無くされたことがあった、高い本を無くされてたまるか。
「分かったよ、ところでお前の研究はどこまで進んでるんだ?『教団組織の時代による変化』だったよな?」
 自分にとって都合が悪い話を持ち出されたくないので話題を変えてきた。
「最も大規模な組織の改革はちょうど今の魔王に代替わりする前後だということまで分かっている、そのあとは基本的な仕組みは現在まで変わっていない。いまそのあたりを重点的に調べている」
そのあとローキと別れて僕は図書館へ向かい、途中で昼ご飯用のパンを買った。

 図書館のほとんどの場所は出入り自由だが、公文書等を収納している別館は事前に許可を取らないと入れないようになっている。
 許可は申請書に教授のサインがないと取るのは難しいが、期間についてはルーズでひと月の間出入りができる許可をもらっていた。
 一度図書館の本館に入り、別館に続く通路の入り口で司書に許可証を見せて鍵を開けてもらった。別館は普段は無人だった。
 「今日からしばらくは入るのは君ひとりだけだ、食事はちゃんと休憩室で取るようにな」
 別館に来るようになって一週間はたっているので司書の説明も簡単になった、ちなみにこの司書は僕の顔も名前もちゃんと覚えているが、僕はいつもここにいる司書、程度の認識しかない。外であいさつされたらどうしよう。
 別館に入ってすぐ右の扉をはいると休憩室がある、四人は座れる丸いテーブルが五つ置いてあり、それでも狭く感じない広い部屋だ。壁の一面は中庭がよく見える大きな窓になっていて見晴らしも良い。この中庭に面したほかの建物には窓がほとんどないので、中庭を独占した気分が味わえる良いところだ。
 いつものように休憩室に昼ご飯用のパンを置いて、資料室で読みたい文書を探して、備え付けの机で読んだり書き写したりした。
 複製魔法が使えれば便利なのだが、魔法学科生でもなければまず無理だ。噂では複製魔法がだれでも使えるようにする魔動機械が研究開発中らしい。早く完成してほしいものだ。
 気が付いたら柱時計が12時を指していたので、昼ご飯を食べようと思い休憩室に入ったら、部屋では二人椅子に座っていた。
 一瞬、あれ?と思ったが、司書の勘違いか、特別に許可をもらったのだろうと自分を納得させ、パンを置いたテーブルを探し始めた。そのせいで二人のことをよく見ていなかった。
 そのうちの一人が僕にあいさつした。
 「こんにちは、学生さん」
 その声を聞いて体がゾクリとした。とてつもなく魅力的であり、同時に原因不明の恐ろしさを感じる声だった。
 とっさにあいさつをしてきた相手に体を向けて、よく目を凝らした。
 頭には異形の角。
 腰まで伸びた、流れるような銀髪。
 ルビーのような赤い
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