龍の血

字無しは、悟っていた。

自分の身体が、野性的な衝動に駆られていることを――。

黒龍によって強制的に身体へ流し込まれた“龍の血”

その血の主である黒龍が傍にいなければ、やがて龍の本能に目覚めて身体を造り替えていく。


それは、血の主である黒龍を倒さない限り、解かれることのない不老不死の呪い。

龍の血は時間をかけて徐々に、字無しの血液を侵食していく・・・。


全ての血液が龍の血へと変わる時、それは二度と人間に戻れないことを意味する。


文字通り、龍になるのだ。

龍といっても黒龍のように知恵を備えた崇高な支配者などではない。

人だったことも忘れ、自我を失い、本能に忠実な化け物に成り果てる。


その血から発せられる破壊衝動は凄まじく、目に映るもの全てを欲望のままに奪い、壊し、滅ぼし続けるだろう。


自我を失くして手に入れた力など何の意味もない。

それもあの憎き黒龍から受け取ったものなら尚更だ。


だから、字無しは自我があるうちにこの力を利用し、合理的に紳具を集め続けていた。

だが、それもほとんどは徒労に終わっている。もう、これ以上長くはもたないだろう。

時間は迫っている。

だからこそ、今回のバルムンク奪還は失敗できない。

その思いを頭に刻み、眼前の少年に向けて、彼は答えた。


「いずれにしろ・・・。俺の覇道を邪魔する奴は・・・誰であろうと容赦はしない」


刹那、着物の袖口から左手を出すと、その指先から徐々に肩まで禍々しい甲殻が皮膚を覆っていった。


「・・・行くぞ」


歴戦の覇龍は若き龍に向かい先手を打つ。


禍々しい龍の手を雄々しく振り上げ、六騎士アングへと飛びかかった。


「ハッ、望むところだよ!」

一方のアングは、それを下から掬い上げるように、全身を躍動させて捻りながら類似した腕を字無しに向かい思い切り打ち放つ。


瞬時に、双方の龍化した腕がぶつかり、生じた衝撃が辺りに広まった。

まるで巨大な金属同士が激しくぶつかり合ったかのような金切り音に、
周りにいた戦士たちは目を見張らずにはいられなかった。


戦場という死線においても、目を奪われてしまうその猛者達の戦い・・・。

その場にいた字無しとアング以外の誰もが無意識にここが戦場だということを忘れ、各々に思った。


この戦いを見なければ後悔すると。


凄まじい炸裂音を響かせながら、龍達は己の存在意義を掛けてぶつかり合う。


目にも止まらぬほどの速度で、鋭爪同士を弾きあわせてお互いに相手の動きを伺う。


上、下、斜、突、とあらゆる角度で互いに、攻めては防ぎを繰り返す。


時には、地に伏せ、時には下がり、時には前に出て、時には跳躍すら交え、相手を仕留めんと四肢を躍動させる。


やがて、アングの振り下ろしてきた龍爪を弾き上げた字無しは後方に跳躍して、不敵に微笑を浮かべた。


「おどろいた・・・。まさか、ここまで俺の攻撃を捌く輩がいるとはな・・・どのような経緯で手にしたかは知らんが、流石は“龍の血”を持っているだけのことはある」


「フンッ!別に欲しくて手に入れた力じゃないんだけどね・・・。地獄のような思いをして“無理やり埋めつけられた爆弾”だから、お返しに好き放題に使っているだけだよ!」


「別に欲しくもなかった力か・・・。奇遇だな、俺もだ」


その言葉をきっかけに、再び距離を縮めて双方は斬りかかる。

天を跳躍する覇龍に、地を駆る青き龍、例として飾るとするならばそんな言葉が相応しい――。


互いに激突する強大な力、拮抗するかと思われていたが、やがてその戦いに徐々に変化が訪れる。


戦闘経験の差か、龍の血筋の違いか、あるいは純粋な実力か、若年ながらも六騎士となったばかりの少年に、巨万の大軍を従える覇者の相手は重すぎた。


字無しは拳を繰り出したアングの龍拳を己の龍掌で受け止めると、がら空きになったその懐を、生身の右拳で強打する。

その衝撃にたまらずえづいて隙だらけになったアングは、いつの間にか離された自分の拳を振るい返すこともできずに、字無しの追撃による龍拳によってはるか後方へと弾丸のように吹き飛ばされた。


激しく砂煙を上げながら、飛んで行くアングの様を人の身体がここまで派手に吹き飛ぶものなのか?と兵士達はアングの様をまじまじと見つめながらただ事の成り行きを見守ることしかできない。

やがて、派手な打音を立てながらアングの身体は宙から地へと叩きつけられた。

「ぐっ・・・あ・・・」


最早、立つことすら難しいアングの前に、砂塵を掻き分けた字無しの影が現れる。


「さて、そろそろ本題に入ろう・・・。お前のその力・・・。埋めつけたのはどこのどいつだ?」


「・・・く・・・くふふ・・・流石だよ。世界の教
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