ファング・フェンリル 後編

ファングが魔物の仲間として迎えられ、早半月が過ぎた。


彼は以前として、大将であるアギトの命で共に戦場へと赴いていた。


戦場を駆けるたびに、彼等は多大な戦果を挙げ、魔王から幾つもの勲章を受け取っていた。


最早、魔界でアギトとファングの活躍を知らないものなどいない。


そして、魔物の誰もがファングの実力を認め、彼をただの人間だと罵る者はいなくなった。


むしろ、魔物よりも身体能力が劣るはずの人間にここまで戦果を上げられるものなのかと驚愕し、彼に尊敬の念を込める者まで出てくる始末だ。


ファングはこの時を待っていた。


魔物達が自分に気を許す瞬間を・・・。


時は来た・・・と彼は悟る。


あくる日・・・。


魔界に進行してきた教会の軍を根絶やしにしたアギト率いる討伐軍は、城へ帰還するために魔界の平原を駆け抜けていた。


今、アギト達のいる平原から魔王城までの距離は、馬で進行しても約三日は掛かる距離だ。


その日は兵士達が戦で疲労していることもあり、早めに天幕を張ることになった。


アギトはいつもならば、ファングと共に専用の天幕で身体を休めるはずなのだが、その日は教会軍から押収した物品や資料の整理をするため、早々と他の部下と共にその場を後にした。


残ったファングは、僅かだが自由な時間を手に入れて、とある人物がいる天幕へと赴く。


好機は今しかない・・・。


そう決心して・・・。


彼が辿り着いた場所は、魔王軍中将が待機している天幕だった。


「ファング・フェンリルだ・・・。ストロングホールド中将にお会い願いたいのだが・・・」


「かしこまりました。只今、用件を伝えて参りますので少々お待ちください」


天幕の番であるデュラハンにそう伝えると、彼女はすぐにファングの用件を取り入れてくれた。


「どうぞ中へ、ローズ様がお待ちです」


しばらくして、天幕から出てきた彼女はそう言うと、すぐに見張りの仕事へ戻る。


ファングは最初の頃に比べて、ずいぶんと自分への対応が変わったことに苦笑しつつも天幕の中へ入っていった。


綺麗に整頓された部屋の中心にあるソファーにゆっくりとくつろいでいる人物がファングの目に入った。


その髪は美しい黄金色をしていて、目はルビーの様に紅く輝いている。


艶やかな口元から見える鋭い犬歯はヴァンパイアの証・・・。


この女性こそローズ・フォン・ストロングホールド中将本人であった。


「珍しい客だ・・・。あの荒々しい狼の主人からどうやって逃げ出してきた?ファング殿」


不敵な笑みを浮かべながら、静かにティーカップをテーブルに置き、ローズ中将は口を開く。


その気品のある振る舞いはまさしく妖魔貴族といったところか・・・。


「教会軍から押収した品を血眼になって整理しているようだ。しばらくは天幕に戻れまい・・・」


「そうか、あの大将が貴方を放って置くなんて珍しい・・・。押収したものにそれほどのものが紛れ込んでいたということか・・・」


「さあな・・・なんでも、“神の武器”が紛れている可能性があるとかいっていたな・・・。何の話だか全く俺にはわからんが・・・」


ファングがそう答えると、ローズは口元に手を当てて少し考え込む素振りを見せた。


「神の武器か・・・。世迷いごとを・・・そんなもの、このミッドガルドに存在するわけが無い・・・」


「・・・?」


「なに、単なる御伽話だ・・・。で?貴方は何時までその仮面を被っているつもりかな。英雄ファング殿・・・」


ローズは押収品の話を切り上げると、ファングが被っている仮面に指をさす。


「人と面と向かって話をするときは、素顔を晒すものだ。誰かに教わらなかったのか?」


「失敬・・・この魔界に人などいないと思っていたからな・・・」


ファングはローズの言葉に、皮肉交じりにそう答えると、被っていた仮面を手に取り、ゆっくりと外す。


「で?用件は何だ・・・。わざわざ皮肉を言いに来たわけではあるまい・・・さっさと椅子に腰を掛けるがいい」


ローズの言葉のとおり、ファングは椅子に座り、ローズと向かい合うと、その重要な用件を語り始めた。


「ローズ中将・・・あんた・・・大将になりたくはないか?」


「大将・・・だと・・・。私がか?」


ファングが放った言葉に、ローズは怪訝な表情を見せて逆に問いかける。


「そうだ・・・それも近い将来に・・・」


「・・・どういうことだ?」


ますます怪訝な顔つきになったローズに、ファングは一息入れて言葉を紡いだ。


「俺がアギト・フェンリルを大将の座から落とすきっかけをつくってやる。アギトが大将から降格すれば、その座は実質中将であるあんたの物だ・・・」



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