ファング・フェンリル 前編

私が主からその男の情報を聞いたとき、どのような化け物があの黒龍に傷を負わせたのか興味が沸いて仕方がなった。

魔王軍元帥・・・。

実質、魔物達の中で最強の称号を与えられた私ですら、“龍神・ニーズヘッグ”に傷を与えることは容易ではない。

以前、私は愚かにも、あの主に戦いを挑み、完膚なきまでに叩きのめされた。

戦いの後、主は私の強さを認め、自分の配下になることを条件に、私は命を救われた。

昔ながらのしきたりで、あの浅はかな魔王が制している魔王軍に所属してはいるが、真の主はあの黒龍、ニーズヘッグだ。

彼女は裏の世界、最強の実力者といっても過言ではない。

その気になれば、教会だろうが、魔王軍だろうが、滅ぼそうとすれば簡単に滅ぼせるだろう。

しかし、彼女がそれをしないのは、自分の永遠の命から与えられる、退屈とう時間を紛らわしたいからだ。

つまり、彼女にとって、この空蝉は、人や、魔物が起こす争いは・・・只の“暇つぶし”に過ぎないのだ。

そんな膨大な力を持つ彼女が“恋”をしたのだ。

あの、何ものにも縛られない彼女が・・・まるでうら若き乙女のように・・・。

それも・・・たった、一人の人間に・・・。

流石の私も目を疑った。

だが、それを納得させる事態が最近になって判明した。

主からの情報を経て、探し出したその人物・・・字無(あざな)は・・・。

過去に私が自分の物にしたいと思った唯一の人間。

“ファング・フェンリル”だったからだ・・・。


嗚呼・・・七年前の記憶が鮮明に脳裏に蘇る。

あのときの私は、まだ主と出会っていない、只の魔王軍大将だった頃の時代だ。















現在よりも、教会と魔王軍の戦争が、各国で頻繁に起こっていた時・・・。

字無し・・・ファングに出会ったのは、教会から雇われた、傭兵達が、大軍で魔王城に攻めてきた時だ・・・。

私は、すぐさま傭兵達との戦闘に駆り出され、“飢えた黒狼”と呼ばれる異名のとおり、雑魚共を蹴散らし、前線で活躍していた。

剣一つで何人、何十人もの傭兵を薙ぎ払い、ものの数分で十個団体を消滅させ、手応えのなさに失望していた。

以前の私は、力に溺れ、自惚れていた。

「この程度か・・・所詮は雇われ兵士・・・つまらないな」

傭兵達をほぼ壊滅させ、勝利を確信した私は、呆れながらそう呟く。


しかし、命からがら撤退していく傭兵達の中に、一人だけ、逃げずに此方を睨み付けている人物がいた。

魔物達が次々と、男に襲い掛かるが、彼は鬼神の如き、力で、手に持った得物・・・。

確か、東方で“刀”と呼ばれる武器だ。

それを、瞬時に振り払い、襲い来る敵の群れを次々と切り裂いていく。

そして、周りの魔物達がその姿に怖気づき、男から距離を取ると、彼は遠くまで聞こえる大声でこう叫んだ。

「大将を出せ!!一騎打ちだ!!」

私はこの言葉を聞いて笑わずには居られなかった。

傭兵達が逃げ出し、一人になったというのに、大将との一騎打ちを要求するとは、罵言にもほどがある。

しかし、私はその男の勇気と身の程を知らない若気の至りに拍手を送ると一言こう言葉を返す。

「大将は私だ!お前が望む通り、魔王軍大将、このアギト・フェンリルが相手になってやる!!」

そう言って、私は周りの魔物達に、一騎打ちの邪魔をしない様に釘を打つと、男のもとへと駆け寄り、剣を抜いた。

「大した度胸だよ。仲間は皆居なくなったのに、まだ一人で戦い続けるなんてね・・・」

「仲間ではない。只の同業者だ・・・。腰抜けのな・・・」

鋭い眼光を此方に浴びせて男が言う。

強い意志を持っている目だ。

「言うね・・・。君の名前は?」

「名など無い・・・。とうに捨てた!」

瞬時、刃と刃がぶつかり合う。

これを合図に、二人の死合いが始まった。

東洋の男が繰り出す斬撃は、その軽やかな動きとは裏腹に、激しい重みを帯びていた。

一撃一撃が、風の様に素早く、鉄槌のように重い・・・。

全身の筋肉をくまなく使い、躍動し、跳飛する。

まるで獣のような剣捌きに、私は驚きを隠せずにはいられなかった。

しかし、こちらは“フェンリル”の名を冠した人狼の希少種。

私が負けじと繰り出す斬撃に、名無しの男の表情に、僅かに焦りが浮かぶ。

男が繰り出す全ての技を防いだ私は、反撃に出ることにした。

野生の獣の様に駆け出し、重く大きな大剣を振り回し、男と同じ・・・否、それ以上の斬撃を繰り出す。


たまらず男は私の大剣を払い、後ろに跳躍し距離を取った。

「どうしたんだ?さっき私がしたように、君も私の剣を受けきってはくれないのか?」

「馬鹿を言え・・・。そんな得物を受けきったら、俺の太刀が持たぬ」

男はそう言いながら、私の二メートル
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