瓦礫に見舞われた廃墟の中に男の姿があった。
一見その風貌は漆黒の着物に身を包んだ東洋の侍である。
彼の眼光はまるで獲物を探す鷹のように鋭く、右瞼に付いた裂傷や、ぼろぼろに解れた着物から除く傷だらけの肉体が、
只者ではない雰囲気を醸し出す。
彼はまさしく弱肉強食の世を生き抜いてきた“猛者”であった。
しかし、彼が今求めているのは生への執着心ではなく、
この荒々しい世界から解放されるただ一つの方法・・・“死”という生命の過程だ。
死という概念がない黒龍によって、彼は永遠に死ねない身体にされた。
その不老不死という呪縛を解く方法はただ一つ。
黒龍をこの世から抹殺すること。
その為に侍は、黒龍の命を殺めることができる神剣を手に入れた。
しかし、前回の黒龍との対戦では惜しくも黒龍を撃退するまでに終わってしまった。
それから彼は更なる力を求めて東方を遠征し、神具の強奪に勤しんでいた。
「ここもはずれか・・・」
黒く染まった群雲を見上げて彼はそう答える。
世界各地に散りばめられているという神具・・・。
しかし、そのどれもが本物とは限らない。
今回の略奪は彼にとっては外れだったらしい。
「東方はあらかた探し回った。次は・・・西洋の龍剣バルムンクだ・・・」
そう呟くと辺りに転がっている兵隊の亡骸達に目もくれず、気性が荒い黒馬にまたがり、廃墟を後にした。
目指すは、世界の教会の大聖堂。
六騎士達の集う場所である。
ジパングから遥か西に離れた大陸の首都部・・・。
その外れの平地帯でとある騎士が屍の山に腰を降ろしていた。
「確かに、君は強かったよ・・・“人間の中”ではね」
ハスキーながらも麗しい美声がその人物が女性であることを証明する。
長い黒髪から飛び出ている獣のような耳に、二メートル近くある、しなやかな巨躯、黒い鋼の鎧を身に纏ったその様は、女騎士と言うより気高き狼と呼ぶに相応しい。
「だけど、君はこの剣の力を半分も使いきることが出来なかった。その程度の腕なら私でも十分に渡り合える。現にこのような結果になったわけだからね」
そういうと、彼女は腰掛けている“屍”ウィル・メッセンジャーに向かって不適に微笑みながら、手に掴んでいる戦利品に目を向けた。
「さて、迎撃する準備は出来た。字無・・・主が惚れた男・・・。
会うのが楽しみだよ・・・」
龍剣バルムンクは新しい主に呼応するかのように、刀身を紅く光らせる。
その刀身には彼女、アギト・フェンリルの紅い瞳が余計に禍禍しく映し出されていた。
ウィル・メッセンジャーの死は世界の教会の騎士からミッドガルド各地で大きな話題となった。
六騎士を統べるリーダー格が、たった一匹の魔物によって一個団体ごと葬り去られたのだ。
終いには、実在した龍剣バルムンクをも奪われるという最悪の事態。
これでは黒龍討伐など、夢見事だ。
この事態に教皇であるエリュシオンは、バルムンクを奪還するために、緊急に特殊軍隊を編成し、バルムンクの所在をつきとめようと躍起になった。
しかし、それは無駄な徒労に終わることとなる。
もう、すでに人の手だけで解決できる問題ではない。
黒龍の怒りは、
嫉妬は、
憎悪は、
狂愛は、
すべてを飲み込もうとしているのだ。
これはほんの始まりに過ぎない、
そんな事実など知ることもなく、半龍の侍は全てを敵に回して戦おうとしていた。
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