真に強き者

男は優秀な武家の生まれだった。

武家にとって男が産まれる事は跡取りを
残せるということ…。

男の父と母は彼が産まれた事に大層な喜びを感じていた。

数年後、次男が生誕し、武家は益々繁栄を極めるため、この二児のどちらかを跡取りとして育て上げようと決意した。

長い年月、武士である父親は二児達に剣術のいろはを叩き込んできた。

次男は物覚えや器量がよく、すぐさま父親が施す剣術を体得していった。

対して兄はその才能がなかなか開花されることなく、構えすらまともにとれない様子であった。

見かねた父親は、兄に失望し、跡取りを弟に決める事になんの躊躇いも見せなかった。

ただ、武家にとって跡取りが長男ではなく次男となるのは、よほどの事が起きない限りの異例で、一族の沽券に関わる由々しき事態であった。
そこで、父親は考えた。

あの益体無しを跡取りから除外するにはどうしたらいいか…。

最終的に彼が思いついたのは跡取りを決める際に行う剣技…。試合で長男を亡き者とする事であった。

この事を父は次男に伝え、次男はこれをあっさりと了承した。

次男も兄を疎ましく思っていたのだ。

どの様に試合で事故と見せかけて兄を死に至らしめるか、父はある一つの策を思いついた。

試合で使われるのはあくまで相手を殺さない様にする為、鍛錬様の模造刀を使用する。

試合前に次男の模造刀を真剣とすり替えておこうという算段だ。

模造刀も真剣も同じ鞘に入っている為、抜いて切れ味を確かめるまで、真剣かどうか見分けがつかない。


刀は試合前に使用人が渡す決まりとなっている。

そのまま、渡された真剣で次男が長男を斬り伏せ、あたかも真剣だと気づかなかったと答えれば、罰せられるのは刀を渡した使用人だ。

この者達にとって使用人は所詮使い捨ての道具でしかなかった。

しかし、試合は衝撃的な結果で終わった。

使用人が刀の柄が解れているのを知って二本共刃を抜き、紐を締め直した時に刀を入れ替えてしまったのだ。

これにより偶然にも真剣は長男の方に渡ってしまった。

そして、更に拍車に掛けるように、長男は父や弟を見返す為、この日の為に常人では考えられない鍛錬を半年もの間行ってきていた。

その表情は自信と躍動感に溢れている。
弟は真剣が入れ替わっているのにも気づかず、兄の余裕ぶりが勘にさわり、試合が始まると同時に兄に斬りかかった。

兄は即座に襲いかかってきた弟の動きがいつもより大振りになっていたため、かわしながら隙をつき体を反転させて左下から無防備なその身体を斬り上げた。

それと同時に彼の視界は朱く染まった。

その光景にどよめく武家の一族…。

次男は疑問と悔いを噛み締めながら息を引き取った。

何よりも理解できなかったのは兄の方だ。

何故自分の模造刀が真剣に?と――、

しかし憤慨した父は、兄に対して『真剣を忍ばせるとは言語道断』と怒声を浴びせ、濡れ衣を着せようと仕掛けてきた。

圧倒的不利な状況に、長男は訳もわからぬまま屋敷を後にした。

ひたすら自分を殺そうと追いかけてくる武士達から必死でどこまでも…どこまでも。

背中から飛び交う罵声、そこには自分が慕っていた唯一の母親の声も混ざっていた。


またまた月日は経ち、武家から追放された男は海を跨いで世界を放浪していた。
色々な国で腕を買われ傭兵として戦に赴く。

その戦いのなかで裏切や悲しみに満ちた毎日に嫌気が差し、男はいつしかこう考える様になっていった。

『全ての頂点になる』

この世で一番強くなれば誰も俺にものを言う奴はいなくなる。

この世で一番強くなれば誰も俺に近付こうとはしなくなる。
この世で一番強くなればしずかな安らぎを手にする事ができる。

そう思い、彼は日々死闘を続けた。

突如、そんな彼の耳に興味深い話が入ってきた。

ドラゴンが近くの古城に住み着いたというのだ。

…ドラゴン。

ジパングでは“龍”地上で最も神に近い存在――。

そいつを殺せば人々は俺を恐れるだろう。

男は自分を人々から畏怖させる為に、一人、龍が住むという古城に向かって歩きだした。


男が古城に着いたのは日が暮れて辺りが真っ黒に染まりきった時刻であった。

中は荒廃しきっていた。

ありとあらゆるところに物が散乱し、昔の煌びやかだった光景は見る影も無い。

勿論、男にとって昔の城の様子など知るよしもないのだが、転がっている当時使われていたであろう様々な家具を見ると、過去には大層な財力を持った王が住んでいたことが容易に想像できた。

今ではひび割れ、苔が一面に張り付いた城内を、男は龍がいると思わしき部屋まで目指して一心に進む。


長い回路を抜
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