-ダンピールの章-

此処は親魔物領のとある中規模都市、ストリーク。

そのストリークには中央の巨大噴水広場を中心に東西南北に道が分かれている。

噴水広場から南通路に数分歩いた所に小さな事務所のような店がある。

店の名前は『デレさせ屋』。

この店の店主は周りからは人間と認知されているが、対象が人間か魔物かを問わず素直になれない者を素直にさせる調教を施す事ができるのだ。

「……ハァ」

しかし、事務所の椅子に座る店主は元気がないように溜息を吐いている。

首の後ろで纏められた長い金髪に赤い瞳が印象的な女性で、黒い皮製の胸を隠す服と、ハーフパンツとブーツを履いている。

服の露出は激しく、腹が見えており非常に若々しい。

「2日で終わると言っていたんだが……存外ボクの彼依存症は重かったみたいだね」

自虐的な笑みを浮かべると彼女は街へと繰り出すために短い黒いマントを羽織り、鍔の広い黒い帽子をかぶる。

腰には細身のレイピアを挿して店をでる。

店の扉には外出中と書かれた看板を下げて街を歩いていく。

何処へ行くと決めていた訳でも無いのに自然と足は噴水広場へと向かい、そして彼女の追い求める人が行った東門へと足が進む。

もう少しで門の所へ辿り着くと言う所で、何か騒ぎがあったのか、人だかりができている。

「ちょっと失礼」

彼女は人だかりを掻き分けて前の方へ出ると、その騒ぎの正体が見えた。

「お前のせいでウチの商品が駄目になったやねんぞ!わかっとんのか!」

「分かってるわよ!だからさっきまでしっかりと謝ってたじゃない!アンタみたいな偉そうな態度が気に喰わないのよ!」

商人のような刑部狸がダークエルフと口論している。

地面には動物生肉が散らばっており、汚い地面に落ちたからにはもう商品にはならないだろう。

(成る程……何かの手違いであのダークエルフが肉を落としてしまい、あの刑部狸の怒りを買ったといったところか)

此処は東門も近く人や馬車の往来も激しい。

何時までも口論をしていては周りの邪魔になるので彼女は口論を止めようと更に前に出る。

しかしダークエルフは堪忍袋の緒が切れたのか、腰の鞭を取り出して地面に叩きつける。

「いい加減にしなさい!でないと力尽くで分からせるわよ!」

「上等や!やってみんかい!」

いよいよ喧嘩になるかと思われたが、次の瞬間予想外の事が起こった。

「ヒヒィーン!?」

「うわ!急にどうしたんだ、落ち着け!」

往来を歩いていた馬車の馬が2頭、ダークエルフの鞭に怯えたのか暴れだしたのだ。

そして遂には暴走し、馬車は戦車と化した。

突然の事態に周囲は混乱して逃げ惑うがこの辺りは騒ぎになっていて人が多かったので、人と人がぶつかり合い混雑する。

「くっ、これでは逃げられ……あっ!」

彼女も人混みから逃げ出そうとするが人と肩がぶつかって地面に倒れてしまう。

「キャーッ!」

「な……!?」

誰かの悲鳴が聞こえ、彼女が顔を上げると目の前には暴走した馬車がすぐそこまで来ていた。

全力で疾走している馬に踏まれ、撥ねられれば唯では済まない。

しかし彼女は突然の光景に身体が膠着してしまっている。

避けれない、そう思った時鎧の足音が聞こえ彼女は誰かに飛びつかれて馬車の走行ルートから逃げ出せた。

飛びつかれた勢いによって地面を転がり、漸く止まったと思い助けてくれた人物を見ると、それは彼女が良く知っている人物だった。

しかしその人物はすぐさま彼女から退くと暴走する馬車へと向かって走っていく。

その姿は蒼い色のフルプレートメイルを着て、様々な武器で武装している青年。

彼女もその青年の後をすぐに追った。

「Extend the chain, connects the reins.(鎖を伸ばし、その手綱を繋ぐ。)」

青年の左手の平に魔方陣が浮かび上がり、魔方陣から幾つもの光の鎖が放たれて馬車に絡みつく。

しかし馬が引く馬車に引きずられるようにして青年も引っ張られる。

足でしっかり地面を踏み、後ろに体重をかけて抵抗しているが馬車は中々止まらない。

しかも馬は途中で方向を転換して、青年は引力によって引っ張られてしまい石造りの家の壁に叩きつけられる。

「ぐあっ…!」

そのまま馬車は再び走り出そうとするが、完全にスピードが出る前に青年は詠唱する。

「Extend the chain, connect the wall!(鎖を伸ばし、その壁を繋ぐ!)」

再び同じ魔法で青年は右手の平から幾重もの鎖を伸ばして壁に突き立てる。

左手と右手からそれぞれ伸びる鎖に力を込めて地面を踏みしめる青年。

完全にスピードが出ていなかったお陰なのか、そのまま馬車は止まり馬も落ち着き始めた。

「Release.(解除。)」
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