『その土地の食べ物を知る事こそ、その土地を知る早道』
そういった意味の格言が、誰が広めたわけでもないのに世界の様々な国で語り伝えられている。旅する者ならおのずと知る真理、ということなのかもしれない。
食文化には、その土地の自然や歴史、住民の貧富や気質までもが反映される。
広い世界を見て回るため旅をしているグレゴリーとルフィアにとっても『食』は特に重要な資料であり、二人は、新たな土地を訪れた際には、まず食べ物屋を回ることに決めていた。
…というのは建前である。
そうした気持ちも無いわけではないが、本当はただ美味しいものを二人で楽しみたいだけだ。ゆえに興味を惹かれれば、異邦の料理を出す店にも行く。
なんといってもこの旅は、探求のための旅である以前に、すこし長めの新婚旅行なのだから。
「今日はどうしよっか?」
「そうだな…なるべく、サッパリしたもん…魚料理とか探そう。
この国、親魔物で豊かなのはいいんだけど、料理はどれも甘ったるかったり脂っこいものばっかりだし、何日もいたら太っちまうよ」
「確かに。魔界の食材もいっぱいだし、夜がスゴイのはいいけど…これじゃあ精がつくどころか脂肪もついちゃうよね。
でもレッくん、魚だからってサッパリしてるとは限らないよ?」
「まあ、その時はその時さ。とにかく肉以外で行こう。
こってりしてなければ、もうこの際食べ物じゃなくたっていい」
「ど、どういう事!?」
幸い、二人が滞在しているこの街はとても大きく、立派な港も存在する。魚料理にもありつけるだろう。
少し歩いてそこまで向かうと、昔から嗅ぎなれた潮と魚の匂い、そして立ち並ぶ料理店からの香りが漂ってきて、二人の食欲を刺激する。
「いろんな国の料理屋さんがあるね。さすが貿易港!」
「後で市場にも寄ってみるか?いい本があるかも。ついでに、あの写し見の鏡も…」
「レッくん、この前からずっと気にしてるよね、それ…」
「だって、最近のは映ったものをその場で紙に写せるらしいじゃん?かさばらないし、旅の思い出作りも捗るって!」
「でも当然、私も映すんでしょ?映った私、見るの恥ずかしいんだけどなぁ」
「恥ずかしいことなんてないって!絶対可愛いから!な!?」
豊かな親魔物の国は総じて治安もよく、こうして他愛のない話をしながら無防備に歩くこともできる。
これが独身男性となればまた違ってくるが、彼らのような旅する夫婦が気兼ねなく『旅行を楽しむ観光客夫婦』でいられる場所は、時に苦しくもある放浪の旅における安らぎなのである。
「…お店はここらへんで終わりかな?この先はみんな倉庫とかみたいだよ」
「よし、じゃあさっきの店で決まり…ん?」
グレゴリーは、目立たない場所にひっそりと佇む店を見つけた。
近づいて看板を読む。
「『完全個室制 カップル同伴専用
本場ジパング仕込み……盛り料理専門店 オザシキ・ミルメル』…なんだこれ?」
恐らく料理店なのだろうが、看板の中央部分がかすれており、肝心のどういう料理なのかがわからない。
「…入ってみる?」
「でも、こういう所にある店だぞ?看板もボロいし、そこはかとなく悪い予感が…」
「う〜ん…」
二人はしばらく悩むも、「ジパング仕込みの料理ならサッパリしてるはず」というルフィアの意見が決め手となり、最終的に店の戸をくぐった。
「ごめんくださーい…」
店内は意外と綺麗で、控えめなジパング風の内装がよい雰囲気だった。
…が。
「ウ、ウフフフフ、ヒフ、フヒフヒ…
いらっしゃい…久しぶりのお客さんだわぁ…」
カウンターの中から、なんとも陰気な雰囲気をたたえた女性が現れた。
全身に纏う海藻から、フロウケルプであることは一目でわかるが…それにしても、小奇麗な店内には合わない不審なオーラを発している。
「あー、その…ここ、何の料理の店なんスか?」
「え…?看板に書いてなかった…?」
「実はそこだけかすれてて、うまく読めなくて…」
「あら、そうなの?そのうち直さないと…ま、いいわ。
このお店はね…ジパングが生んだ文化『女体盛り』の専門店よぉ。ウフ、フフ…」
「…にょ、女体…盛り…?」
「そう、女体盛り。つまり…盛るのよ。
女の子のカラダに、美味しくて綺麗な料理を…ね?」
「え…ええー?」
女性の身体に料理を盛り付けるなど、二人は聞いた事がなかった。
この時点で二人は実際にジパングに行った事はあるが、それでも、である。
「そしてアタシは、女体盛りの極みを目指す女体盛り職人にして、この店の店主…
看板にもあるけど、名前は『ミルメル』。よろしくね…フフフヒ…」
「女体盛り…職人…!?」
新しい言葉、新しい世界に触れるのは大歓迎のはずであった二人も、少し困惑する。
この世は
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