こんにちは。
ここ、暗いわね。ずっと一人でいたの?
そう。見ての通り、私は魔物よ。
…ああ、怖がらないで。ほら、ぎゅーっ……落ち着いた?
貴女の事は、ちょっと調べさせてもらったの。これまであった事を。
怖かったでしょう。悲しかったでしょう。苦しかったでしょう。
もう大丈夫よ。
今日は、貴女にぴったりの“ハッピーエンド”を紹介しに来たの──
夜空に浮かぶ満月は、誰も来ない小さな入り江も遍く照らす。
財宝が眠っているでもなく、景色が特別綺麗なわけでも、魚が集まるわけでもない。
地元の人間さえ無視する、取るに足らない場所…しかし、グレゴリーはその場所へこそ向かっていた。
もはや故郷には帰れず、目的もない放浪の旅をしていた彼を引き戻したのは、懐にある一通の手紙。
これが、本当に彼女が送ってきたものならば…彼女はきっと、そこで待っている。
「ルフィア…」
内気で、たまに抜けている所もあるが、誰より真面目で心優しい大切な幼馴染。
…そして、グレゴリーのたったひとつの心残りだった。
(… ……〜 …♪)
「……!!」
予め知っていないとわからないような、その場所へ続く獣道の『入口』に立った時、かすかにだが、ある旋律が聞こえてきた。
忘れもしない。
彼女の母が酒場で日々歌っていた、あの入り江で彼女がいつも練習していた、海の男達の無事な帰りを願う歌だった。
その歌声に誘われるように、大人には小さな獣道を、やや強引に分け入ってゆく。
苦心しながら一歩一歩進むごとに、歌声は少しずつ大きくなり、グレゴリーの脳裏には、かつての思い出が走馬灯のように蘇ってきた。
──大人たちにバレてないよな?
──う、うん。パパにきかれたけど、うまくごまかせたよ。たぶん…
──よし!そんじゃ、今日もトックンだ!
誰も来ないその小さな入り江は、幼い頃から、二人の絶好の遊び場だった。
騒がしい港町から離れたそこは、大人達に邪魔されることのない秘密の隠れ家であり、水遊びに読書、槍の練習に歌の練習と、日が暮れるまで好きな事に打ち込めた。
──ゼッタイ、父さんたちみたいになるぞーッ!!
──おーっ!
かたや自警団長の息子、かたや酒場の娘。
親の仕事など格好悪いと思っている子供が多い中で、むしろその親の仕事に憧れを持っていた二人は気が合い、その入り江でよく遊び、よく練習した。
何日も…何ヶ月も…何年も。
ままごとのような稚拙な鍛錬は、しだいに本格的なものになってゆき、二人の才を花開かせ、町中に知らしめるには十分な下地となった。
二人は互いに、いつかこの鍛錬の成果をもって、親の仕事を受け継ぐものだと信じており、また、それを立派に果たすことを目指していた。
…二人の才能を高く評価した町長が、彼らを王都の学院に推挙するまでは。
気づけば出口は目前。歌声も、はっきり彼女の声色だとわかるほどに近づいていた。
いてもたってもいられず、弾け出すように道を抜ける。
…そこで立ち止まった。立ち止まらざるを得なかった。
よく二人で腰かけていた、岸に佇む小岩の上。
そこに座り、月明かりに照らされて歌う背中は…
「…来てくれるって、信じてたよ。レッくん」
忘れようもない、ルフィアの姿だった。
皆が『グレッグ』と呼ぶ中、彼女だけが使う愛称。それを呼びながら振り返る。
「ルフィア…!」
「久しぶり、だね」
半年ぶりに見たその顔には、昔と同じ、花のような可愛らしい微笑みがあった。
それどころか、月明かりを受けて一層煌めき、昔よりもさらに美しく感じる。
グレゴリーはもっと近づき、確認するように見つめた。
見慣れた笑顔に、見慣れた服。二人の人生を様変わりさせたあの一連の出来事など、はじめから無かったのではないか…そう思わせた。
しかし、そこから視線を落とすと…
「……魚!?」
「…うん。
私、人魚に…魔物に、なっちゃった」
その下半身には、二本の足ではなく、蒼く輝く魚の尾とヒレが付いていた。
改めてよく見ると、彼女の艶やかな長い髪も青みがかっており、髪間から覗く耳もまた、魚のヒレのような形に変わっている。
作り物では決してあり得ない、ヒトならざる者の姿だった。
「一体どうしてだ…?いや、どうやってなったんだ?
それにそもそも、魔物だぞ…それになるなんて、どういう事かわかってるのか?」
「うん、わかってる。
魔物になったのは…いろいろ考えて、そうした方がいいと思ったから、かな」
「…そうか」
少しうっかり者でもあるが、ルフィアは基本的にグレゴリーより賢く、ここぞという時には誤らない。
人魚は歌声で人間を惑わし連れ去る、美しくも恐るべき存在と伝えられているが…
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