ある国の端に、村があった。
大きくもなく小さくもなく、食べてはいけるが、飛びぬけて優れた産業もない。
争いごともほとんどないが、大きなイベントもほとんどない。
宝の伝説とか英雄の輩出とか、そういったものとも無縁の、平凡すぎるほど平凡な村…
そんな村に、青天の霹靂と言ってもいい、大きな事件がやってきていた。
「おーい、モーリス!」
「ついに来たぞ!」
その村には、一人の少年が住んでいた。
彼が今日、掃除を任されている小さな雑貨屋へ、村の男が二人駆けこむ。
「わっ…な、何ですか?オレ、また何か失敗して…あー!?」
濡れたモップで床を拭いていたモーリスは、突然の来訪者に驚いて、水の入った木桶を蹴り倒してしまった。
「やばっ、また拭かなきゃ…」
「おいおい、何やってんだ全く!」
「毎度毎度、お前の兄貴と違ってそそっかしいんだから…」
二年と少し前、彼の兄…ジョージが旅に出てから、モーリスは村の雑事を手伝いつつ、自分に合った仕事を探しているのだが…日々こんな調子で、失敗ばかりであった。
「…おっと、今はそれどころじゃなかった。後始末して早く来い!」
「ど、どうしたんですか!?いきなり…」
「どーしたもこーしたも無いだろ。来たんだよ、迎えが。」
「お前…まさか忘れたのか?招待状に、今日だって書いてあったろ?」
「…!わ、忘れてないですよ!準備もしてきたんだから!」
特にモーリスは、忘れられるはずもなかった。
もうすぐ…たった一人の家族であり、誰よりも尊敬する兄の、結婚式が行われるのだから。
大人二人に連れられながら、支度を済ませて村の広場まで来たモーリス。
広場には、見慣れない格好の…しかしとても美しい少女が佇んでいた。おそらく彼女が、迎えの使者なのだろう。
そしてその周囲には、何人もの住人がすでに集まっていた。
「モーリスを連れてきました!」
「遅くなってすいません。本人がちょっとモタついてまして…」
「す、すいません…」
少女に向かって頭を下げさせられるモーリス。
近くで見ると、少女は、モーリスと同い年か、わずかに上くらいに見える。
「大丈夫ですよ。…これで全員ですね?」
「はい。仕事で来れない奴らの手紙なんかも、しっかり集めてきました」
「わかりました。それでは、出発しましょう。
近くの丘に迎えが待機していますので…」
少女に先導され、村の近くの見慣れた丘に、ぞろぞろとやってきた村民一同。
…しかし妙なことに、周りを見回しても、馬車ひとつ見えなかった。
「…あれ?オイオイ使者さん。どこに迎えの足があるってんだ?」
「もしかして、場所間違えてないか?」
「少々お待ちください。これから合図いたしますので。」
そういって少女は、服のポケットから、妙に刺々しいデザインの笛を取り出した。
皆が静まるのを待ってから、少女は大きく息を吸い…吹き鳴らす。
笛らしからぬ、何かの雄叫びのように重厚な音が周囲に響き渡った。かと思うと…
「……ん?…なんだ、あれ……」
バサッバサッと、大きな布を翻すような音が、そこかしこから聞こえてくる。
続いて見えたのは、晴れた空に舞い上がる、たくさんの大きな影。
目を凝らして見ると、蝙蝠のような大きな翼。長いしっぽ。頭には角。
そして、地上に降り立ったそれは…
『りゅ……りゅ…竜!!!?』
竜。
この世の誰もが知っており、そして誰もが恐れる存在。
顔立ちや体形は、人間の…それもとびきりの美女のそれであったが、それ以外の特徴は、噂やおとぎ話で語られる竜の姿そのものであった。
そして、この竜の群れを呼び寄せた少女も…いつの間にか、竜たちと同じ特徴を晒していた。
「改めまして…
私は、竜皇国ドラゴニアの騎竜見習い、ワイバーンの『ディン』と申します。
この村出身のジョージ様の『番いの儀』に参列される皆様のお迎えにまがりまちた。
これから皆様を、人と竜の国、ドラゴニアへお連れいたします♪」
そういって、一礼する竜の少女。
その後ろを見ると、一部の竜たちの背中から、鎧を纏った男たちが降りてくるのが見えた。
竜の背に乗っていた男たちが全員降りると、竜と男たちは、素早くきれいに整列し、少女に続いて一礼する。
『道中は、我ら竜騎士団にお任せください!!』
その様子に、村人一同は呆気にとられていた。
『竜だ…』
『嘘だろ…竜!?』
『ジョージの結婚式…じゃ、ないのか?』
周辺諸国と同じく主神を信仰するこの国だが、都市部から遠く離れたこの村まで教えが根強いわけではない。
教団が悪とする魔物さえ、村人たちは見たことがなかったが…それでも、竜が持つという、恐るべき力のことは知っていた。
きっと目の前の少女一人でも、自分たちの村は容易く焼き尽くされてしま
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