オレンジゼリー(好評につき再入荷!)


 何故、こんなことに。

 自身が入院する病室で、彼は途方に暮れていた。
いや、こんなことになった『原因』はわかる。始まりは、彼の父親の行為によるものだ。
だが、それで父を責めるのは筋違いというものだろう。
誰が予想できようか。こんな事態になるなど…

(ねぇねぇ、出してよ?そして白いの出してよ。いいでしょ?)
(今はダメだって!隣の爺さんショック死したらどうする!)

 ベッドの下に向かって小声で会話する、傍からは不審人物にしか見えない少年…
一式 正(いっしき ただし)は、今日も落ち着かない一日を送っていた。



 成績平凡、容姿平均的、帰宅部、趣味はボウリング。
まったく特徴も無いような彼だが、ある日不幸にも交通事故に巻き込まれ、右腕と左足を骨折してしまい、今こうして入院生活を送る羽目になっていた。
不幸中の幸いか、手術の後リハビリに励めば、手も足も元通りに動くようになるらしい。
非常に痛い思いをしたわけだし、事故を起こした運転者に対しても思うところは多々あるが、元々やや楽天家であった彼にとっては、面倒くさい学校を長期にわたり休めるとして、それほど悲嘆してはいなかった。
(後に、授業に追いつくために苦労するであろう事には目をそらしていた)
だが、それなりにいる友人たちや、クラス一同からのお見舞いも済み、待っていたのは…


(死ぬ…暇すぎて、死ぬ……!!)


 そう、退屈。圧倒的な退屈であった。
病室のテレビは料金がかかるため滅多に見ないし、自分以外に入院しているのは中高年だけ。
待合室などにある本は活字ばかりで読む気がせず、携帯電話は事故のせいで壊れた。
高校一年生、遊びたい盛りの少年にとって、これは相当な苦痛である。
入院してから一週間と経っていないが、談話室の共用テレビで延々と流される衛星放送の時代劇専門チャンネルと、老人たちのとりとめもない会話を尻目に、窓から外の道路を走る車を延々と眺めて過ごす…という一日を強いられ、加えて、先の見通しもまだ未定。
精神が音を立てて磨り減っていくような気さえする日々…。
だがそんな折、夕方、お見舞いに来た父親に、一個のゼリーを渡された。

「父さん、何これ?」
「何って、ゼリーだよ。オレンジゼリー。ちょっと赤いけどな。
 入院生活だと、やっぱり色々と我慢しなきゃいけないだろ?甘いものとか。」
「いや、この『恋するゼリー』…って、何さ?」
「通販で買ってな。なんでも、恋が叶ったり、良縁が訪れる代物なんだと。」
「…こんな時に渡す?そんなものを。確かに俺、彼女なんていないけどさぁ。」

 こんなもん渡されても、まず出会うチャンスがないでしょ。
病院からは出られないし、ここの病院、多分40歳以下の人、一人もいないよ?
そんな言葉を、父に免じて喉の奥に抑え込み、ゼリーを受け取った。

(…へぇ、このコのためか。うん、カオはパッとしないけど、なかなか…。)
「…ん?」
「どうした?」
「いや…何でもない。ありがと。」
「ほかに必要なものはあるか?」
「携帯。」
「バタバタしてて、修理に出すの遅れたからな…
もう少し待ってくれ。さすがに父さん達のやつは貸せん。」
「くそー…。じゃ、漫画とかは?今週の少年クランプ。」
「明日発売じゃなかったか?」
「あ…そうだった?やばい、暇すぎて時間の感覚もおかしくなってきたか…。」
「今日のところは、そのゼリーで何とか我慢してくれ。な?」
「しょーがないな…。」

 そして父も帰り、ゼリーと共に残される正。
隣のベッドには彼より前から、齢70程と思われるお爺さんが入院しているが、今日は外泊で、自宅に戻っているらしい。そのため、余計に寂しく思う。
利き手が使えない状態で、がんばって夕食を食べ終え、冷蔵庫に入れていたゼリーを取り出す。
…しかしここで、ひとつ重大な問題に気付いた。

(どうやって開けよう…)

 やってみれば分かるが、ゼリーの容器の蓋は、片手では非常に開けづらい。
しかも悪いことに、このゼリーの蓋は、強く接着されているタイプのものだ。

「イタズラ好きなくせに、ちょっと抜けてるんだよなぁ。父さん…」

 まず両足で容器を挟んで固定し、左手で開けようとしたが、失敗。
左手で容器を固定し、口で蓋を開けようとしたが…ダメ。
備え付けのプラスチックスプーンで蓋を突き破ろうとするが、歯が立たず。
テレビ台にある引き出しの中のハサミを取り出そうとしたところで…

(あぁぁ、もー、じれったいッ!)

 突然、ゼリーの容器が飛び上がったかと思うと、蓋がべりべりと音を立てて、ひとりでに開きはじめた。
そして次の瞬間、開いた容器の中から、膨れ上がる…というよりも、飛び出すように、赤いゼリーの塊が躍り出てきた。

「わああああッ!!な、え…!?」
「まったく!
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