モンスターズ・ミラクル・マーケット? 〜変ずるゼリーのある生活〜

 ある日のことだった。
平日の真っ昼間に、僕の家のインターホンが、来客を告げるべく機械的に鳴り響いた。

「…ったく、何だ?」

 作業を中断された苛立ちを覚えながら、僕はのそのそと階段を下りてゆく。
心当たりもないのに平日昼間に来る電話や来客などロクなものではないが、もし郵便かなんかだったら、何であろうと受け取っておかないとあとが面倒だ。
室内ドアホンについた『通話』ボタンを叩くように押し、来客に返事をした。

「…何ですか?」
『こんにちは、MMMの販売員でございます♪』

 スピーカーから聞こえる、何が嬉しいのか、妙に上機嫌そうな女の声。
だが、そんな事は関係ない。相手が何者かわかった時点で、僕が取るべき行動はひとつだ。

「いりません。」
『ああそんな、にべもなく切って捨てないで頂きたくございます…』
「いりません。」

 まったく、時間の無駄に他ならない。
新聞だの教材だの化粧品だのと薦められても、僕には全くもって必要ない。
商品を売りたいんなら、事前に相手がどういう奴か調査くらいするべきじゃあないのか?
そこで通話を切り、溜息をひとつついて、仕事部屋に戻ろうと踵を返した。
が、その直後…

「まあまあ、話だけでもよろしいでございましょう?」
「だから、何もいらな……!?」

 通話は切ったはずなのに、さっきの女の声が聞こえてきた。
しかもドア越しのこもった声じゃない。明らかに『玄関の中』からだ。

「な、なんだ!?断りもなく人の家に入ってくるなんて…警察を呼ぶぞ!」

 相手のあまりの行為に、咄嗟に玄関に通じるドアを開けて飛び込む。

「まったく、近頃の押し売りはどこまで非常識なん…だ…?」

 玄関には、誰も入ってきてはいなかった。
そもそも僕はいつでも戸口に鍵をかけているはずだし、鍵のツマミも『閉』になったまま。誰かが入ってこられるはずがないのだ。

「………」

 合鍵?ピッキング?いや、そんなわけはない。
そういえば、ドアの開閉音すら聞こえなかった。
…なら、あの声は何だったんだ?

「……くそっ。」

 チェーンをかけ、ゆっくり、慎重にドアを開いた。
ドアの隙間からは、やたら整った顔立ちに、にんまりと口角を広げた笑顔を浮かべた、髪の長い女がいた。

「うふ。うふうふ。
お話を聞いていただけるのでございますね。ありがとうございます♪」
「…何をしたんだ?」
「ワタシが何かしたというのでございますか?」
「しらばっくれるんじゃない。家の中に入ってこなかったか?」
「どうやってでございますか?」
「それはこっちが聞いてるんだ。…まさか鍵が壊れてたのか?」
「どうでございましょうか?
 …おっと、お話を聞いていただく意思がございませんなら、長居させていただくわけにもいかないものでございますね。それでは…」
「まっ、待てッ!
 …仕方ない。話は聞こう。話は。」

 この家の玄関に、何かしらの異常があったとしたら危ない。
金や手間を使って業者や警察に調べてもらうより、せいぜい十数分の時間を使うほうがよっぽどいい。そう判断し、女の話を聞くことにした。

「…で、MMRが何の用だ?世界滅亡の危機になるような物なんてうちには無いぞ。」
「いえいえ、MMRではなくMMM、『モンスターズ・ミラクル・マーケット』の者でございますよ。ご存知ではございませんか?」
「知ら…ん?いや、待てよ…」

 最近…あくまで噂だが、聞いたことがある。
なんでも、テレビが勝手に点いたかと思うと、そんな名前の通販番組がはじまり、見た者は否応無しに商品を買わされてしまうとか。
どのテレビ局にも属さずゲリラ放送をしており、経営者や社員は全員人間でないだとか…
まあ、ありふれた与太話だ。物証もないし、知名度も無い。僕が耳にしたのも、仕事柄オカルト関係の話を集めていたからで、一般人はそれこそ名前すら聞いた事が無いだろう。
…目の前の女が、かえって胡散臭くなった。生憎、「まさか本当だったなんて!」と鵜呑みに出来るほどの純粋さも、僕は持ち合わせていない。

「はいはい。で?」
「真面目に聞く姿勢ではございませんね?…疑り深い方でございますね。
まだ商品も見せていないのに。」
「ならさっさと見せてくれ。僕も君も、暇じゃあないだろう?」
「うふ。かしこまりました。…はい、こちらでございます♪」

 そう言うと女は、プラスチックのカップを背後からサッと取り出した。
透明なカップの中身は、透明度の低いダークパープルのゼリー状の物体だ。

「…何だこれ?水ようかん?」
「いえいえ。ようかんではなく、ゼリーでございます。
今話題の『変ずるゼリー』、聞いたことはございませんか?」
「…そういや、そのMMMとやらが販売している商品のひとつ…らしいな。
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