ソーダゼリー

「……坊主。飯、できたぞ。」
「……」

 少年は一言も発しないまま、出された食事をただ口に運ぶ。
食べ終わったら、そのまま何もせず、ただぼーっと縁側で空を見上げる。
それだけで、何もしない。動くことも、学校にすら、行っていない。
半年前から、ずっとこの状態である。

「…坊主。もう夜だ。さっさと入れ。」
「……」
「…風邪引くぞ。」

 半年前、少年の両親が交通事故で亡くなり、残された彼は親戚中をたらいまわしにされた後、最後に残った遠い親戚である一人暮らしの老人に引き取られた。
それから今まで、ずっとこのままだった。



(まったく、厄介なのを拾ってしまった…)

老人は、半年前からそう思い続けていた。
そもそも何故、自分はあんな気まぐれを起こしてしまったのだろうか。
歯車やぜんまい仕掛けとばかり向き合っていた、人嫌いの偏屈者と親族や近所でも有名なこの自分が。
あの子を可哀相だと思った?馬鹿げている。
ならば何故…

(…嗚呼、やめだやめだ。過去の事を考えてたって一文の得にもならん。)

 それよりも今は、あの拾い者をどうしたものか考えなくてはならない。
引退までに機械技師の仕事でかなり稼いだため、金については困っていない。
だが、自分はもう年だ。あんな人形みたいな状態のガキを、自分が死ぬまで面倒見続けなければならないなんて、考えただけでもゾッとする。
しかるべき施設に入れるにしたって、そう簡単にはいかないだろう。
なんとかあの子供を自力でものを考えられる程度には回復させなければ、どうあっても自分が迷惑をこうむる事になってしまう。
…とはいえ、自分に子供の心を開く方法など分かるはずもなく、頼れる人間などもいない。
どうすればいいのやらと途方に暮れかけていると…

『モンスターズ・ミラクル・マーケット!!』
「…あん?」

 点けたはずの無いテレビの音が、となりの居間から聞こえる。
まさかあの子が?いや、そんなはずは無い。テレビが映っていたら見はするが、その電源すら自分で点けようとはしない状態なのだ。

「おい、坊主…いない?」

 居間を見回すが、誰もいない。やはりあの子はまだ寝ているようだ。
無人の部屋でテレビが点くなんて…?
老人が首をかしげている間に、番組は続き、商品を紹介し始めた。

『今回ご紹介する商品は、この『ソーダゼリー』!
 お子様に大人気の商品です。爽やかで優しい甘味に加え、心を癒す効果も…』
「テレビが壊れたか?リモコンリモコン…」

 しかし老人は、映っている番組にはさして興味を示さない。
通販などに興味は無いし、司会が異様なほど美人だとしても、すでに性欲など枯れている。
『だから何だ?』と思うくらいだ。
リモコンやテレビ本体の電源を何度も押しても電源が切れない事にイライラするばかり。

「くそっ、こうなったらコンセントを…」
『……。もう。
さあ、「ご覧ください。」見た目にも美しいでしょう?』
「…!?」

 興味など無かったのに、老人は急にテレビから目を離せなくなってしまった。
聞こえる音声も、耳から頭の中に、強制的に染み込んでくるような感覚がする。

「いったい…なんだ?これは…」

 まるで超常現象だ。何をしたんだ?この番組は。いや、この女は…

『人嫌いな貴方も、動機がどうあれ、子供をなんとかしたいとお考えの貴方にも。
 この商品が、きっとお役に立てるはずです。』

 司会の言葉が、自分ひとりに向けて語られているような気分だ。
まさか。これはテレビ番組のはずだろう?もっと大衆向けの言葉を使うべきでは?

『どうせ打つ手が無いならば、ワラを掴んでみませんか?』
「う…うるさいッ!何なんだお前は!?」

 知らず、彼はテレビに向かって叫んでいた。傍から見ればバカみたいな姿だ。

『我々はただ、心を閉ざした、ひとりの小さな子を助けたいだけ。
 皆様が悲劇を吹き飛ばし、各々の幸せな物語へ向かうお手伝いをさせて頂きたいのです。』

 テレビの向こうの司会と、目を合わせているような気がした。
非現実的なまでに美しい見た目もそうだが、その目には、他人を否応無しに吸い寄せるような“何か”がある。
この女は…人間…では、ない、のか?
そんな存在がいるわけが…いや、そうだとすれば、こんな芸当も…

「くううッ……よくも分からんおかしなモノが、あの坊主を助けられるというのか!?」
『大丈夫です。私達は、すべての人間を愛している。
 あの子にぬくもりを与える事は、きっと出来る。…貴方が力を貸してくれれば。』

 自分が力を貸せば…
老人はしばらく考え込んだ後、ゆっくり口を開いた。

「…仕方ない。本当にやれるんだろうな?」
『ええ。『恋するゼリー』にお任せください!』

 どこまでも美しい顔に浮かんだ表情は、真剣で
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