「人間というものは『慣れる』生き物である」と何処かで聞いた。
まあ、今はもう人間じゃない私だけど、二週間もすれば、変わってしまった生活にもだんだん慣れてくる。
色々な変化があったけど、これまでの生活に支障が出ないのはありがたかった。
例えば魔物になってから、寝ても覚めても頭の中が眠る直前みたいにトローンとして、いつもエッチな気持ちになりっぱなしになってしまったけど、シャキッとしようと意識すると、ちゃんとシャキッとなってくれるのだ。
スライム収納器具(ローターとは言わない)も今のところ異常は無いし、大学もバイトも、これまでと変わらず続けられている。
魔物になったせいで大学に通えなくなった…なんて事になったら、学費を出してくれている両親に顔向けできないもんね。
…ただ、解決できない問題も、あるにはある。
『マスター』
(…何?)
『おとこのひと、ほしい…』
(…私だって欲しい。)
これだ。
魔物になったところで、出会いが無いのは相変わらずなのだ。
まず、大学内に出会いを求めるのは無理。…そもそもウチ、女子大だし。出会いが無いとか言っといて、なぜここに進学してしまったんだ。私。
バイト先で会う男の人も、彼女持ちや既婚者だったり、おじいちゃんだったりで、なかなかいい人が見つからない。まあ、手芸店だしね…。
そんなわけで私達は、この二週間、いつも空腹(子宮)に悩まされていた。
『おなかすいた…』
(我慢して。)
『…わかった。』
(よしよし…って、ちょッ!?ダメ…!)
『きょうも、マスターでガマンする。』
(駄目、今は駄目だって!帰ってから…んんんんんッ!!)
おかげでお腹を空かせたトロに、ところ構わず少ないエネルギーを搾られる始末。
お腹空いたと言って、家だろうと外だろうと、突然スライム収納器具の中で震えだすのだ。
エッチな漫画やなんかで、リモコン式のローターをつけたまま出歩いて、いつ相手にスイッチを入れられるのかわからないスリルを味わわされる、なんてシーンがあったけど、それをされてる女の子の気持ちが分かった。分かりたくなかったけど。
時には細い触手を伸ばして敏感な所をこすってきたりもして、正直、何度死の恐怖(社会的な意味で)を味わったか分からない。
普通の女子大生だったはずの私が、なんでSFみたいに寄生生物に命を握られなきゃならないのか…。しかもこんな、変態みたいな方法で…。
…けど、落ち込んでばかりもいられない。いつまでもブルーなままじゃ、見つかる相手も見つからない。
ということで、今度の給料日を待って、今までできなかった事をやる事にした。
「さぁトロ!食べ物だけど、お腹一杯食べに行くわよッ!」
『…おとこのひとは?』
「…店で探す!今日はとにかく、おいしい物を目一杯食べるの!」
あこがれの、街中食べ歩き…♪
人間だった頃は、食べるとすぐ体に出ちゃう性質だったから我慢してたけど、今はもう、そんなの気にしなくていい!
それに沢山食べとけば、食べ物とはいえ、しばらくトロも大人しくしてくれるでしょ。まさに一石二鳥!
てなわけで、事前にネットで集めた情報を元にスケジュールを組み、最初の店の開店時間ピッタリに着けるように、家を飛び出した。
「…はぁ〜…♪食べた食べた。」
まず朝に、小さな喫茶店のハニーフレンチトースト(バニラアイス乗せ)とカフェオレ。
昼に、夫婦でやってるラーメン屋さんのとんこつ醤油チャーシューメンに餃子。
3時のおやつに、駅前のジェラート屋さんでオレンジとブルーベリーのダブル。
夜に、安くておいしいと評判のイタリア料理店でマルゲリータピザとミネストローネ。
いやぁ…食べた。「オンナを捨ててる」と思われそうなほど食べた。
子宮のうずきは収まったわけじゃないけど、大満足。
不服そうだったトロも、エネルギーを摂ったおかげか、今は静かにしている。
…まあ、今月はこれ以上の贅沢は望めないけど、それでも気分は最高だった。
そして最後に、この一日を締めくくるデザートを堪能するべく、前々から気になってたケーキ屋さんにやってきた。
……が。
「う、うり…きれ…。」
「本当に申し訳ありません、また後日に…」
レジの店員さん(♀)曰く、今日はたまたま店側の予想以上の客入りがあったらしく、ちょうどさっき最後の一切れまでも売り切ってしまい、店じまいする直前…という所に、私が入ったらしい。
ケーキ自体はまた後日買いに来ればいいんだろうけど、直前まで最高の気分だった分、割とショックだった。
「あー、閉めるギリギリで来ちゃったのか…。悪いですねー、お客さん…」
すると店の奥から、私よりちょっと年上っぽい、ガタイのいい男の人が出てきた。
パティシエが着てるような白衣を身に着けている事から、厨房の方の従業員さんらし
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