「ヒナ、『きゃんぷ』に行ってみたいですッ!!」
俺の同居人の灯奈(ヒナ)は、たまにこうした思い付きを口にする。
「…無理。」
「えぇー!?どうしてむりなのですか!?」
「夏は暑いからだ。」
俺は『夏』という季節が死ぬほど嫌いだ。
元から嫌いだったが、一人暮らしを始めてから更に嫌いになった。
何も考えず、北海道から出て暮らすなどというバカな憧れを抱いた事を、本当に悔いる。
「もう九月ですよう!
ご主人さまあつがりだから、ずっと言わずに待ったのに…」
「九月なのに、暑いからだ。」
「だって、ざんしょが終わるまで待ったら、だいがくの夏休みもなくなっちゃいます!」
そう言われても、残暑があるうちは夏である。
俺の為を思ってくれたのは嬉しいが、そう言うのは逆に5月頃に言ってくれ。
ていうかいっそ、行く事を考えるのをやめてくれ。俺はインドア派なんだ。
「過ぎ行く季節の話より、これからの話をしようじゃないか。読書の秋とか…」
「いやー!きゃんぷがいいです、きゃんぷ、きゃんぷー!」
「駄々をこねるな。全く…何でキャンプがしたいんだ?
遊びたいなら、わざわざキャンプじゃなくてもいいだろ…。」
「うぅー…
だって、せっかく、出番がありそうなのに…」
「……」
…なるほどな。
次の日、山道を走る車の助手席で、ヒナは大いにはしゃいでいた。
「わぁー、たかーい!」
「ああ、高いな。」
「ヒナのわがまま聞いてくれてありがとです、ご主人さま♪」
最後まで気は進まなかったが、楽しんでくれて何よりだ。
心なしか、彼女の中で燃える火も、生き生きとしているように感じる。
キャンプ場に着いて、出番が来るのを心待ちにしているのだろう。
「出番、楽しみだなぁ…。期待しててくださいね!」
「はいはい、頼りにしてるよ。」
道具から生まれた付喪神という妖怪の一種、提灯お化けであるヒナは、
常に自分の出番を探している。
大抵の道具は、人間に使われる為に生まれてきたものだからだ。
だが今は、家の明かりは電灯、外の明かりは携帯、火はコンロやライターと、
提灯が入り込める隙間がほぼ無いほどに、文明は発達してしまっている。
身も心も小さな女の子と変わらないヒナも、アイデンティティの喪失を恐れているのだ。
ヒナの保護者として、主人として、使える時に使ってやらねばならない。
…という訳で、わざわざ知り合いから車とテント等々を借りて出発してやったわけだ。
ヒナの涙と上目遣いがもたらす罪悪感に負けた…というのもあるが。
「ふふんふふふ〜ん♪」
……少し悔しいが、ヒナの笑顔は正直嬉しい。
やはり子供の笑顔はいいものだ。面倒くさかったが、来た価値はある。
「さっき看板あったから、もうすぐ着くぞー。」
しかし、そういった途端、更にはしゃぎっぷりが激しくなってしまい、
車が、なにかと誤解されそうなほどギッシギッシと揺れ始めた。
これ借り物なんだが…
「はやくっ、はやく〜♪」
「はいはい。急いでやるから、大人しくしてろ…」
と言っても、事故が怖いから気持ち程度だが。
ああ、高い借り物は気を使う。マイカーが欲しい。…いや、マイカーでも事故は怖いか。
十数分後、キャンプ場に到着。
お互いの体に虫よけスプレーをまぶし、車を出た。
「よーし、ちょっとキャンプ場一周するから、お前も来ーい。」
「はーい!」
キャンプ場に着いて、まずやるべき事は何か?
それは、場所の確保である。
車を止める場所と、テントを張り、帰るまで生活の場とする場所。
特にテントを張る場所は、トイレや水が汲める場所に近いか否か、枯れ枝や落ち葉の量、
近隣のキャンプ者がどんな人間か等の要素で、過ごしやすさの大半が決まる。
と、子供の頃に俺の父親は言っていた。
幸い秋に近いこともあり、駐車場所は比較的簡単に見つかったので、後はテントだ。
ヒナと共に、キャンプ場をぐるっと見て回る。
その途中で、一本の看板が立っていた。
『クマ出没の恐れあり、注意!!』
「く…くま!?ご主人さま、くまが出るみたいです!!」
「…らしいな。」
「大丈夫ですか!?」
「まあ、頻繁に出るわけじゃない。大丈夫だろ…」
『ウワアァァァ、熊に襲われたぁぁぁッ!!』
「…」
「…」
「……マジかよ。」
『ぎゃあああああ!!』
「……あっちか!」
「助けに行きましょう!」
「いや、お前は途中にあった事務所の人に知らせるんだ!」
「は、はいッ!!」
「うわぁぁぁ、あぐっ、はぁ、はぁ…」
声のするほうに駆けつけてみると、熊に食われている男を発見した。
(フッ、フゥッ、ハァ…)
しかも襲っている熊は、かなり興奮しているようだ。
「……。」
「うぎゃあああっ、あっ、く、く
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