武士の一分とマゴットセラピー

 夜の闇の中を、羽を懸命に羽ばたかせ、必死に飛び回る物がいた。
ハエのような特徴を持つ、ベルゼブブという魔物娘である。

「いないぞ!そっちは!?」
「ダメだ!クッソ、あのアマ…絶対に見つけ出して殺す!」
「いっそ火でも放ってみるか?」
「ダメだ、近くのやつらに俺たちの正体がばれる!」

(逃げなくちゃ…、逃げなくちゃ…)

見るからに堅気の者ではなさそうな追っ手から、一心不乱に逃げる女。

(この子は…あいつの子は、アタシが守るんだから…)

…その女の腹は、すこし膨らんでいた。







 所変わって、ここはある城の一室。
その特徴的な建築様式や、庭園の姿から、この国が東方のジパングであることが分かる。
その城の主に仕える彼は、丁度朝食に手をつけようとしていた。

(ブ〜〜ン…)

「…ハエ、か?それにしては音が大きいような…」

(ブブブ…)

「……そこかッ!!」

(パシッ!)
「ッ!!!??」

男は、音の主を、器用に箸で捕まえた。

「何?ハエ…いや、女!?」
「い、嫌ァッ!離して、離してよぉッ!!」
「貴様、あやかし…か?なにゆえこのような所に…
 …もしや、殿のお命を狙う者か!?何か申してみよッ!」
「離し…え、トノ…?何それ?」
「しらばっくれるでないッ!斬って捨てるぞ!」
「本当に知らないわよ、その『トノ』とやらの事なんて…」
「…ならば、なにゆえここに入った?」
「ねえ、あなた、奴らの仲間じゃ…ないの?」
「奴らとは何だ?私は、殿に仕え、殿のお命を守る為の剣客。
 それ以外の何者でもない。」
「そうなの…ごめんなさい。アタシ、昨日の夜から必死に逃げてて、
 すごくお腹が減ってて…それで、いい匂いに釣られて、つい…」

そう言うと女の腹からは、大きな音が上がった。

「その様子ではどうやら、本当に刺客ではなさそうだな…すまぬ。
 朝餉は馳走いたす故、何があったか話してくれぬか?」
「うん…」

そして朝食を食べながら、彼女は語りだした。

「アタシは少し前まで、田舎の村で暮らしてたの。
 人間も魔物に優しくしてくれる、平和な村だったわ…
 その村でアタシは結婚して、赤ちゃんもできて…でも、それは突然終わった。
 ある日、アタシの村に、有名な盗賊団が襲ってきたの。
 村は焼かれ、男は殺され、女は奴隷商人に売り飛ばされた。
 アタシは、どこだったかの遠い国の貴族に買われる予定だったらしいの。
 そのために船に乗せられて、食料とかを買うためにここの港に立ち寄ったところを、
 隙を見て逃げ出して…お腹が減ってた所で、ここに入ったんだ。」

「そのようなことが…難儀であったな。」
「…そういえば、ここは何処なの?あんな城や木は見たことがないわ…」
「ここか。ここは…そなたのような異国の者が、『ジパング』と呼んでいる国だ。
 そしてこの城は、この辺りを治めている領主殿がいる城だ。」
「へぇ、ここがあのジパング…」
「あの…悪いんだけど、ここにかくまってもらえない?
 何でもするから…あいつらに捕まったら、私…」
「……大変すまぬが…それは出来ぬ。私には妻もいるし、
 事情があるとはいえ、部外者をいきなりこの城に置くわけにはいかぬ。
 殿は民の為になる政治を行っている、心優しいお方なのだが…
 それを快く思わぬものも多くあり、そやつらが殿のお命を狙っているため、
 今城内はとても緊張しているのだ…」
「そうなの…。」
「だが、このまま捨て置くわけには行かぬな。…そうだ、
 今、妻の家で身の回りを世話してくれている婆さんがいるのだが、
 そこに相談してみよう。力になってくれるやも知れぬ。」
「…!ありがとう…!」

 すると緊張が切れたのか、突然、女は泣き出した。

「ううっ、えぐっ、うぇぇぇぇ…」
「こ、こら!何故泣く?」
「旦那が殺されてから、ずっと辛くて…えぐっ、怖くて…
 売られたら…何されるか分からなくて…もしかしたら、
 お腹の赤ちゃんが殺されちゃうかも…って思って…」
「そうか…それを、そなたは耐えてきたのか。強いな…母というものは。
 思いっきり泣くと良い。泣き終えたら、婆さんの所へ連れて行ってやろう。」
「うん…」

 その後、二人は妻の家に行き、老婆に事情を説明した。
老婆は口は悪いが、偏見のない優しい心根の人間であり、
妊婦でも出来るような仕事を行うことを条件に、
自分の家に同居することを許してくれたのだった。









 そして二、三年が過ぎた。
女は無事に娘を出産し、老婆の家の近くに家を借り、平穏に暮らしていた。
その日、女は夕飯に使う山菜を取るために、娘と共に森に入っていたのだが…

「ふぅ…これだけ取れれば大丈夫ね。」
「うん!」
「さあ、お家に帰りましょう。」
「はーい…!?お
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