後編:冷たい闇夜と、暖かなひかり

 どうして、こんな事になってしまったんだろう…
私達は深いショックと悲しみの中で、ただその事を考えていました。
私とエイムさんが、力を合わせて防いでいたはずなのに…
何よりも恐れていた事態、何よりも避けたかった結末が、現実に起こってしまいました。
…いずれ彼は全てを知り、そして騙されたのだと思い、傷ついてしまうでしょう。
彼は何も悪くないのに、ワタシのせいで…。

「…変えられなかった…のかな…?」

…せめて、何か一言でも言えれば。
本当に愛していたとか、貴方を傷つけるつもりじゃなかったなどと言えれば、
少しは違ったかもしれません。
でも…結局、ワタシ達は、自分の臆病さに負けてしまいました。
…いえ、そうでなくても、彼を騙していた張本人であるワタシに、
何を言う権利があるのでしょうか。
考えれば考えるほど、『ああなるのは仕方ない事だった』という思いと、
『言い訳だ。何も出来なかったんじゃなく、しようとしなかっただけだ』という思いが、
激しくぶつかり合って、ワタシを更に攻め立てました。
でも、悩んだところで、やってしまった事が変わるわけではありません。
今できる事…今、やるべき…事は………

「……わからない…。ワタシは…どうすれば、いいの…?」

 とうとう堪え切れなくなり、ワタシの目からは、涙がこぼれ出しました。
正体がばれないように力を尽くしていたとはいえ、ばれた時の覚悟もしていたはずなのに、
いざ、ラエールさんと別れなくてはならないこの状況に置かれてしまうと、
ワタシの中から、大きな大きなものが抜け落ちてしまったように、
何も分からなくなってしまいました。
これから先、ワタシができる事は何か、何もわからない。したい事が何もわからない。
同時に、何も力が湧かなくなりました。
彼の事を忘れ、新しい人生を始めるなんて事、考えられるわけもないし、
だからといって、この世から消えてしまう勇気すら、ワタシには無い。
唯一、ワタシに残されている存在と言えば…

「エイムさん…」

 ワタシの友達になってくれた、彼と同じくらい大切な女性。
でも、恥ずかしい事に、彼女と出会った当初のワタシは、
いきなり現れてどういうつもりだろうと警戒していました。
でも、ワタシの正体を見られて、彼の家でお互いの事を話している内に…
同じ悩みを持ち、同じ男性を心から愛している彼女に、次第に親近感を覚え、
『彼女となら、うまく行きそう…』という思いが生まれました。
それに何より、正体を偽らずに会話するのが、こんなに嬉しいとは知らなくて…
ワタシは、彼女の仲間になるという誘いに乗ってみる事にしました。

 その思いは正しかったようで、ラエールさんが仕事でいない時に、
ラエールさんの意外な弱点や性癖、彼の家で読んだ本などについて会話したり、
たまにトランプやチェスで遊んだりしている内に、いつしかワタシ達は
親友と言ってもいい位の間柄になる事ができました。

 彼女といた時間は、本物のワタシとして過ごせる唯一の時間でした。
その時間は、愛するラエールさんとの時間とは、また違った幸せを与えてくれました。

 二人で力を合わせ、彼の疑念を完全に払えたことを喜び合った事も…

 ラエールさんと離れて、ちょっと遠くの町に、二人で買い物に行った事も…

 先日、同棲一周年を一足早く、ワタシ達だけでこっそり祝い、乾杯した事も…

 …みんな、ワタシの一部。忘れる事のできない、大切な思い出でした。
願わくば、こんな3人の日常が、ずっと続けばいいな…そう、思っていました。

 …

 …なのに今、彼女は、ワタシと一緒に当ても無く逃げ続けています。
こんなワタシの事を受け入れてくれた優しい彼女が、どうしてこんな事に…?
彼女の背中には、悲しみがありありと映っているようで、余計に気持ちが沈みます…。

「…何?」
「…あの、もう少し…くっついても、いいですか?」
「…ええ。」

 エイムさんの人の部分の背中に近付き、後ろから手を回します。
彼女の温もりと心臓の音に、わずかながら、安堵を覚えました。

「ノイア、ちゃん…」
「ワタシ達…これから、どうしましょう……
 一体、どう、すればいいんでしょうか…」
「…わからない…

 …わかんないよ、そんな事!私に頼らないでッ!!」

 初めて、彼女に怒られました。
振り返った彼女の目には、ワタシと同じく、大粒の涙が溜まっていました。
…そうですよね。
彼女だって、悲しくて、不安で、どうしようも無かったはずなのに。
これからどうするか、どうなるのかなんて、彼女だって分からないはずなのに。
…きっと、何かにすがりたくて、思わずそんな事を言ってしまったんだと思います。
彼女の気持ちも考えずに。ワタシって、本当に身勝手ですよね…。

「ご…ごめん
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