あるところに、夫婦がいた。
妻は妊娠しており、双子であることも判っていた。
夫は記念として二体の人形を買った。
木製で、球体関節式の、かわいらしい人形だった。
一つは瞳が赤く、もう一つは瞳が青かった。
「ルビー」と「サファイア」。
安直だったが、名前を付けた。
あくまで記念の意味合いだったため、男の子と女の子、どちらが生まれても、その時にはまた別の品を買えばいいか、程度の気持ちだった。
そして誕生の日は来た。
一人は女の子だったが。
一人は男の子だった。
二人はすくすくと育った。
3歳のとき、女の子はルビーを貰い、大切にして遊んだ。
3歳のとき、男の子はサファイアに興味を示さず、女の子にあげてしまった。
また暫く時は流れ。
5歳の少女の人形たちは手垢で汚れ、小さく割けた服は、少女による不器用な裁縫で軽く縮れていた。
しかし、それは悪意によるものではなく、大切に想われた証であった。
5歳の少年の方はほとんど人形の存在を忘れていたが、身体の成長と共に少しずつ、ある感情が成長していった。
嫉妬。
誰もが成長の過程で感じるそれは、多くが経験したように、幼い心には制御ができないものだった。
はっきりと覚えてもいない時の、「あげる」という約束など出てくるはずもなく。
「持っている」ことと「持っていない」ことの差に。
二体あるのに自分だけ持っていないことの差に。
小さいが、抑えの効かない嫉妬心が、湧いた。
少年は少女からサファイアを取り上げた。
子供特有の乱暴さで。
子供特有の残酷さで。
子供特有の加減の無さで。
取り合いのうちに、サファイアの右脚が取れる。
ガラスでできた左目が割れる。
少女の泣き声と同時に、その取り合いは終結した。
壊れた人形が、少年の手に渡った。
が、当然、そこに人形遊びの興味があるわけでもなく。
まして壊れた人形になど価値を見出すこともできず。
押し入れの奥に、サファイアは仕舞われることになった。
さらに時が流れる。
少女は、美しく育った。
少年もまた、逞しく育った。
それぞれが旅立つ。
かつての少女は、意中の男性と所帯を持つこととなった。
家を出るとき、十数年間大切にしてきた人形に言った。
「またね。私は行ってしまうけど、ずっとあなたのことを大切に想っているから」
かつての少年は、軍へ入隊することになったのだが。
入隊後、すぐに命を落とすこととなった。
右脚が切断され、左目から、脳に傷を受け。
家には、老夫婦と人形たちだけが残された。
老夫婦は息子の死に悲しみながらも、娘からの励ましを得て、天寿を全うした。
遺品の整理に来た娘。
父の持っていた時計や、母の持っていた装飾品。
それらが揃っていることは確認できたが。
ルビーとサファイアだけは、どんなに探しても出てはこなかった。
「あ、ふぁー・・・ふぅん」
大あくびをしながら、店の戸を開ける。
ベルのおもちゃ屋。
看板にはそう書いてあった。
「朝っぱらからだらしないねぇ、ベル」
「あぁ、おばちゃん、おはよう」
恰幅のいい婦人が、青年、ベルに声をかける。
「おはよ。どうせまた部屋が汚くなってるだろうから、片付けに来てやったよ」
「あ、あはは・・・」
店に入り、ベルは作業机に着く。
その周りは木屑や布切れが散乱していた。
「まったく、仕事はこれでもかってくらい丁寧なのに、自分の事はズボラなんだから」
「いやぁ、はははは・・・」
何も言い返せず、乾いた笑いを上げるベル。
「5年前にウチの娘に買ってあげた、おもちゃの兵隊あるでしょ?
こないだ掃除しててたまたま見つけたんだけどさ。
外側は傷だらけになっちゃったけど、手足はまだ動くんだよ。
おままごとー、とかいってスプーンでがしがしぶつけてたのに、
驚くくらいすんなり動いてさ、旦那と驚いてたんだよ。
こりゃ百年先まで動くんじゃないかって」
「兵隊・・・?そんなんあったっけ?」
「覚えてないのかい。頭の方も整理整頓が必要なんじゃないかい?」
「いや、ははは・・・
でも、さ。俺がやってるのは、ただ木の形を変えてるだけ、なんだよ」
いぶかしそうな顔でこちらを見るおばさん。
「ただ、木を削って、おもちゃの形にするだけ。俺がやってるのはそこまで」
手に持った、人形の胴体部分を、視線の高さに持ち上げる。
確かめるように。
「こいつに名前をつけるのは、俺の知らない子供で。
こいつの友達になるのは、俺の知らない子供で。
こいつと夢を語らうのも、俺の知らない子供。
俺ができるのは、夢が壊れないように、頑丈に作る事くらいだよ」
「塗装なんかは流石に頑丈にはできないみたいだね」
「それでいいの。
子供は何をするにも力いっぱいだ。もちろん、遊ぶのも。
でも、人間の友達に力いっぱいになったら、怪我させちゃうでしょ?
だから、おもち
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