不思議な舞台の狂想曲

「迷った」
大きなバックパックを背負った青年から、その言葉は発せられた。
青年は自由奔放な旅人---と言う名の住所不定フリーター---だった。
近くの街に滞在しているタヌキの魔物に、ハニービーのハチミツを取ってくるよう依頼されたはいいが。
「あん畜生め。金に困ってるからって足元見やがって。
 巣まで二日かかるとか聞いてないぞ」
腹が減ったので、近くにいた兎を狩ってく食おうと追いかけたまではいいが。
「なんであんなところに穴なんてあるんだよ・・・どこに落ちたかわからん」
帰り道を探そうと方位磁針を取り出したはいいが。
「壊れてやがる・・・いや、磁場が強過ぎて狂ったか・・・?」
それは踊るかのように、くるりくるりと。
いや、さも惑わされるように、狂り狂りと。
指すべき方向を見失っていた。
「踏んだり蹴ったりもいいところだぜ、全く・・・」
鬱蒼とした森を進む。
薄暗い闇と湿気った空気がまとわりつくのを肌で感じながら、とにかく歩いた。
いっそ妙なキノコでも取って舌先三寸でタヌキに買わせた方が儲かるんじゃなかろうか。
そんなことを考えながら。

闇が強さを増し、いよいよ青年を飲み込もうとした頃だった。
突然森が開け、広場・・・いや、庭があった。
そこには、じめじめした森に似つかわしくない、豪奢で大きなテーブルと、周りに椅子が数脚。
貴族のパーティ会場を思わせるそれの奥に、一軒の家も見えた。
「納屋でもいいから貸してもらえれば、とりあえず野宿だけは避けられそうだな・・・」
明かりの灯るそこへ、吸い寄せられるように向かった。
街灯の火に蛾が飛び込むように、と言う方が正しかったと、青年が知ることはなかったが。

「こんな辺鄙な場所へ、よく来てくれたね。歓迎するよ」
家主の女性は快く迎えてくれた。
何故か燕尾服にシルクハットという男のような出で立ちであったが、中性的な顔立ちにそれはよく似合っていた。
出るところの出た女性の体型でなければ、そうと判らないほどに。
「いや、押し掛けで申し訳ない限りだが・・・」
「いいさ、見ての通り、話し相手にも不自由するような場所だ。理由はどうあれ、
 来てくれただけで嬉しいよ。キノコが付いてるならなお歓迎だ」
最後の一文に違和感を覚えながらも、邪魔者と見なされていないだけ御の字、と安心する。
「そういえば、表にパーティでも開くようなテーブルがあったけど、
 それでも話し相手に苦労するのか?」
「あぁ、近くの連中とはよくお茶会を開いているのだがね。
 それでも見知った顔をいつまでも突き合わせるよりは、新しい誰かと、
 見知らぬ話をしたほうが面白いだろう?キノコに興味があるかとか、ね」
やはり最後の一文に違和感があったが、確かに話し相手としては、知らない相手の方が得るものも多く面白いだろう、と納得した。
「あぁ、お茶といえば、客人に何のもてなしもしていなかったな。申し訳ない。
 今用意するから待っていてくれ」
「いや、気を遣わなくてもいい。押し掛けたのはこっちだ」
「はは、まぁ遠慮することはないよ。押し掛けられるより
 押し倒される方が好みではあるが。・・・あぁ、アールグレイでいいかな」
「え、あ、あぁ」
心の片隅が、小さく警鐘を鳴らす。
なにかが、おかしい。
しかし、こんな小汚い男を迎え入れてくれる人を疑うわけにはいかない。
今は、無視することにした。
茶葉の缶を開け、香りを確かめる彼女。
「あぁ、いい匂いだ。男性の汗とはまた違う興奮を覚えるよ」
茶器を温めたお湯を捨て、茶葉を入れた後、お湯を注ぐ。
たちまち、部屋中に紅茶の香りが広がる。
「甘さは、どれくらいにしようか?」
「いや、流石にそれくらいは自分でやろう」
「そうか。まぁ、甘さの好みは自分しか判らないだろうからね。
 性の甘露なら、皆、際限なく好きなのだろうけど」
何かが、麻痺していく。
身体の一部ではなく。
心のどこかが。
「どうぞ、砂糖はないけど、代わりのものがそこのポットに入っているよ」
素人にも判る、柑橘の香りの混じる上質な紅茶の香りと共に、カップが差し出される。
テーブルの上のポットを取り、中身を見る。
とりろとした、ハチミツのような、シロップのようなものだった。
それを一杯だけ、紅茶へと入れる。
「おや、甘いのはお嫌いかな?」
その様子を見ていた彼女が言う。
「いや、どちらかと言うと、紅茶の渋みを楽しみたい方でね」
「変わった人だな・・・あぁ、すまない。悪意はないんだ」
「いや、我ながら変わり者だと思っているよ」
「ふふ、嫌いではないよ。味が楽しみだ」
「味?」
甘党で砂糖少なめは飲まず嫌いしている、とかだろうか。
それとも新しい茶葉を開けたばかりで飲むのは初めてだったりするのだろうか。
「いや、こちらのことだ。気にしないでくれ。
 あぁ、そう
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