青白く幻想的な夜に

いつの頃からだったかわからない、それくらい昔から。
人間と魔族が対立していた。

魔族。
俺も、かなり昔―――ガキの頃、襲われたことがある。
親父もお袋も妹も肉塊に成り果てて。
かろうじて暖炉の中に隠れていた俺は見た。
異形の怪物。
畏敬の怪物。
人の及ばぬ力を持って、以て。
侵攻するもの。

領地を巡り、争う。
軍勢を率いるトップがいて。
それに続く兵がいて。
魔の力と鉄の塊が衝突し。
体液が舞う。
空を翔る翼を矢が引き裂き。
断末魔。
戦場に転がる。
骸。
ただ物言わぬ、骸。

「なんだ、姿が違ったって、やってることは人間と変わらないじゃん」
そんなことを思っていた。
想っていた。
「やってることが変わらないなら、解り合うことだって、できるんじゃないか」
と。

恐怖という感情がないわけではない。
でも、それ以上に。
俺みたいな寂しい奴を増やさない方が、大切なんじゃないかと。
幼心に、思っていた。
今から思えば能天気な考え方だと思うけど。
今でもそれを引きずっているんだから、笑うに笑えない。

それは唐突に訪れた。
人もトップが変われば変わるように。
魔族の変化もまた、トップの交代だった。
人と魔族は一つに統合されるべきである。
そう方針変えしたのは、つい数年前。
教団の人間ならば、鼻で笑うところだろう。
しかし俺は。
教団には、上っ面だけ「そういう顔」してる俺は。
あぁ、やっぱり。
そう想った。
思った。
無駄に争うのは嫌なんだ。
あいつらも―――

そんなヒネた性格の俺に、わけのわからない出会いが訪れる。
二十歳の、まだ肌寒い春だった。

いつも通り、街の小さな食堂での仕事を終えた俺は、街から少し離れた我が家へと、家路を、特に何を考えるでもなく歩いていた。
もちろん夕飯時はとっくに過ぎて、徐々に街の灯も消えかけてきている時間。
空には満月が出ていて。
ランプは持っていたが、点けるのは、はばかられた。
青白く、神秘的に。
薄暗い道を照らすのは、それだけ。
それだけだった。
こういう風景も、嫌いじゃない。
家族が殺された夜のように、青白い、神秘的な夜も。

あの日のことを考えていたから。
だからこそ、気付くのが遅れた。
青白い夜に、青白く、神秘的に。
ひと際輝く、その影に。

「・・・・!!」
声にならない声を上げる。
それはどう見ても透けていて。
それはどう見ても脚が無く。
それはどう見ても浮いていて。
それはどう見ても・・・「ゴースト」だったからだ。

若くして亡くなったのだろうか。あどけなさの残る顔立ちで。
焦点の定まらない目で、月を仰ぐ。
その姿は月と同じくらい、果敢(はか)なく見え、
破瓜なく散った、純潔な美しさを湛えていた。

見入っていたのか、恐れていたのか、自分でもわからない。
木々に覆われた街道の途中。
ぽっかりと平原になっている広場で。
それは漂っていた。
脚は棒のように言う事を聞かず。
ただただ、向こうがこちらに気付くまで、そのままの姿勢を取ることしかできなかった。
気付いたそれは、ゆらり、と、こちらを見ると。
すっと近づいてきて。
一瞬、躊躇い。
口元を動かす。
何を言ったのか、聞こえなかった。
そして俺の身体をすり抜け。

自分の記憶かと疑うほど、鮮明に、脳内に映る。
焼け落ちる家。
家の外へと向かう視線。
扉を開けたその先で。
魔物。
旧体制時代の、異形の怪物。
見ただけで、抗うことを選択肢から外させる、爪。
薄暗い月明かりに照らされ、閃き。
それが、野太い腕から振り下ろされ。

そこで、道に倒れている自分に気付く。
起き上がろうにも、上手く力が入らない。
そしてそれ以上に気になる謎。
あのゴーストは、なぜ、ただ月を観ていたのだろうか。
その後のあれは一体何だったのか。
いまだ心の内に残る、むず痒さ。
そして鼻の奥に来る、むず痒さ。
「ふえっくし!」
得心はいかなかったが、一つだけ言える。
・・・こりゃ風邪引いたな。


翌日朝。
這うように家に辿り着いたまではいいが、見事に大風邪を引いた俺は、仕事場である食堂に顔を出し。
「まぁ、体調悪くなるときだってあるさ。だからさっさと帰って休め。一週間くらい休め。そしてこっち来るな。厨房でクシャミするな鼻水垂らすな風邪うつすな」
と許しを頂き、こうしてベッドで横になっている。
昨晩の出来事が脳裏に過る。
ゴースト。
俺だって、魔物の跋扈する世界でこれまで生きてきたのだ。
新体制の魔物にだって会ったことはある。
揃いも揃って蠱惑的で、前と違い、襲われる、の後ろに(性的な意味で)と付けなければいけないような奴らだ。
一応普通の生活を続けたいので逃げ回ってはいるが。
しかし、あのゴーストはどうしたことだろう。
力が出なかったあたり、多少の精は奪われたようだが―
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