第四章(最終)

「げぇーっぷ。ごちそーさん」
「はい、おそまつさま」
夕食を終え、食器を片付けるニコラ。
梁に頭をぶつけそうになりながら食器を洗うニコラの背中を、マルギットは見つめていた。
ここに連れてきたのが、つい先日のように思えてならない。
あの頃に比べたら、すっかり大きな背中になってしまったな。
ちびりちびりと酒を煽りながら思い出を辿っていると、テーブルに何かが置かれた。
「今日は街から魚を買ってきたんだって。ちょっと分けてもらったんだ。
 イワシのすり身だよ」
灰色の団子がいくつかと、別の皿で赤いソースが出される。
「こっちは、いつものタヌキさんから分けてもらったんだ。
 東の国の・・・なんだったかな、果実の塩漬けのソース。
 酸っぱいけど、お酒によく合うってさ」
確かに、ソースはかなり酸っぱかった。が、何口か食べるうちに、ソースの適切な分量が判ってきた。確かにこれは酒向きだ。
「すり身は野菜と一緒に、スープで作ってあるから、
 酔い覚ましにどうぞ。余ったら明日の朝だね」
本当によく出来た主夫になってしまったな。
そんなことを考えながら、ふと違和感を覚えた。
あまりに微細なものだったので、それが何かを特定するまで相当悩んだが。
「おいニコラ、ブレスレット見せてみろ」
「え、あぁ・・・うん」
何故か渋々、といった風で、手を差し出すニコラ。
案の定、すっかり自分より太くなってしまった---元からマルギットよりは太かったが---腕には、今にもはち切れそうなブレスレット。
いつものちゃらちゃらという音が聞こえないはずだ。
「言えって言ったじゃねーか、まったく。遠慮しなくていいのに」
「え、いや、そうじゃなくて・・・」
「ほれ、貸してみろ。酔ってたってそれくらいならすぐ伸ばせるから・・・」
軽くニコラの腕を引いた直後。
ちゃりん。
限界に達したチェーンが切れ、ブレスレットがテーブルへと落ちた。
「あーぁ、言わんこっちゃない。ま、外す手間が省けただけだが-----」
ふと見上げたニコラの顔。
それに、思わず言葉を飲んだ。
あどけなさはまだ残るものの、精悍な顔つきになったニコラ。
その表情が、いつになく締まっている。
何かを、決心したかのように。
「・・・マル姉ちゃん」
「ど、どうした、ニコラ」
「僕、前から決めてたんだ」
小さく、これから吐き出す言葉の予行のように、深呼吸するニコラ。
「このチェーンが切れたら、姉ちゃんに告白しようって」
「・・・は?」
突然のことに、完全に思考が停止する。
「姉ちゃん、好きだ。
 ずっと前から、好きだった」
完全に停止していた思考は、それを理解するまで暫く間を要した。
そして理解した瞬間、暴走した。
「え、あ、へ、あ」
顔が灼熱しているのが判る。
鼻や耳から湯気でも出てるんじゃないかという程に。
「あ、アレだろ!姉として好き、とかだろ!
 だよなーアタシもニコラ大好きだぜーほら酒のつまみまで用意してくれ・・・」
「違う!」
迫力ある一言に遮られる。
「一人の男として、一人の女の、姉ちゃんが好きだ」
再度の思考停止。
真摯な眼差しを向けられるが、直視できない。
顔面が、炉の前にいるより熱い。
心臓が、カナヅチで叩かれたように縮こまる。
肺が、万力で潰されているかのように、呼吸が詰まる。
「姉ちゃんは、俺のこと、どう、思ってる・・・?」
尻すぼみな声と、告白という恥ずかしいシーンを意識し出したのか、真っ赤になったニコラの表情を見て、頭がかろうじて動き出す。
「え、あの、いや、じゃ、ない、けど、その」
なんとか絞り出す言葉。
「その、なんだ、アタシはもう、さんじゅ、いやお前とは歳の差がありすぎるし、
 見た目も小汚いガキンチョみたいだし、魔物だし、
 ガサツだし大酒飲みだし片付けできないし短気だし口が悪いしあとはその・・・」
「なんでもいい!
 僕が好きになったのは、そんなマル姉ちゃんなんだよ!」
いつもの勢いが出ない。
それはマルギット自身も感じていた。
「ずっと前から決めてたんだ。ブレスレットが切れたら、告白しようって」
だから、か。
だから、見せるのを嫌がったのか。
「マル姉ちゃんに守られる自分を卒業できたら、告白しようって」
だから、直すのを嫌がったのか。
「大人になれた・・・かな?どうか、自分じゃわからない。
 けど、姉ちゃんに釣り合う男を目指して、頑張ってきたつもりだ。
 どう、かな・・・?」
最初は確かに、守ってやらなきゃ、という気持ちだった。
でも、いつからだろうか。
保護者という立場を仮面にして、自分の気持ちを偽っていたのではないだろうか。
恋心という本心を隠し、向き合おうとしなかったのではないだろうか。
逃げて、いたのではないだろうか。
「・・・あ、はははっ」
負けた。
子供の面倒を見るつもりが、本
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