鳥かごの中の想い

今日もまた、穏やかな朝だ。
城から離れた農村の朝。
日はまだ半分と顔を出しておらず、西の空へ、朝と夜との境界が、グラデーションを描いていた。
頬を撫でる風は夜露のわずかな湿気と、ほのかな土の香りを運んできた。
ささささささ・・・・
すっかり黄金色になった麦畑が、収穫を急くように鳴っている。
農家の朝は早い。
必然的に、警備員の---彼の朝もまた、早くから始まるのだった。

柔らかなパンと甘くこってりとした牛乳、パリパリのサラダに、端の香ばしく焼けた目玉焼き。
簡素ながらも、どれも質の良い朝食だ。
この村で暮らす上で、食事だけは事欠いたことがない。
むしろ城下町にいた頃より充実してさえいる。
城からの給料よりも、村民からのもらい物の方が値打ちがあるのには苦笑いするしかないが。
ふぅ。
腹をさすり、朝っぱらから十二分に胃が満ちたのを感じた。
「さて、と・・・そろそろ行くか」
外から聞こえ始めた、台車の車軸が軋む音に返事をし、彼の一日が始まった。

「おはよーさーん」
麦畑の中から、小柄なおじさんが声をかける。
「あぁ、おはようございます」
「今日もいい天気だねぇ、絶好の麦刈り日和だ!」
「えぇ、とても気持ちがいいです」
「兄ちゃんも仕事頑張ってなー!」
「はい、それでは」
皮鎧に身を包み、麦畑の中を切る轍(わだち)を進む。
黄金色の大海原を割く道は何事もなく続いており、自分の---警備員の存在を否定するかのような、牧歌的な光景が広がっていた。
世間では魔物の出現や被害の話を聞くが、ここにはそういった話はまるでなく、また、無縁であるようだった。
「よう、おはようさん」
「おはようございます、村長」
杖をつき、麦畑を眺める老人に出会う。
「お前さんが来たのは麦の種まきをしていた頃だったよなぁ。もう半年以上前の話になるのか。どうだい、村の生活には慣れたかい」
「おかげさまで。いいところですね」
「若い者にはつまらんだろう、こんな何もないところ」
「いえ、俺たちみたいな仕事は、暇してるのが一番なんですよ。何も問題が無い、ってことですし」
村長はかかかと笑った。かと思うと、ふと真面目な顔になる。
「本当は心苦しいんだよ。君のような真面目な青年を、こんなへんぴな場所で飼い殺すようなのは。みんな城の方に行ってしまって若いのもいない。本当なら嫁の一人も・・・」
「いいんですよ、そんなの」
言葉を切るように、彼が答えた。
村長はその言葉からか、陰りを見せた彼の表情を見てか、それ以上話すのを止めたようだった。
「おーい!ちょっと手を貸しておくれよ!台車が脱輪しちまったよ!」
恰幅のいいおばさんからの声。
「あ、すみません、ちょっと行ってきます」
村長の次の言葉を待たず、逃げるように立ち去った。

一日の仕事---大半が農作業の手伝いだが---を終え、家のベッドに横たわる。
一日を思い返し、村長との会話が脳裏に過る。
嫁。
別に独り身が好きなわけでも女性が嫌いなわけでもない。
ただ---恐いのだ。

城の警護をしていた頃。
プレートメイルに身を包み、絢爛豪華な城に出入りしていた頃。
城下を襲う魔物---旧い魔物とも何度か渡り合った。
自慢する気はないが、それなりに実力もあったし、小さいが隊を任されたことだってある。
そんな中。
縁談の話があった。
ある程度の役職にいるのだから、家庭くらい持たないといけない。
風習として、だった。
断る理由もないので受けた。
美人で気の利く人だった。
自分にはもったいないと思ったが、それでも、可能な限り大切にしようと思った。
思っていた。
がむしゃらに働き、少しでも良い暮らしをさせてあげようと思った。
思っていた。
ろくに休みも取らず、朝から晩まで働き、家では寝るだけになっていた。
それでも彼女は微笑みで迎えてくれたし、それでいいんだと思っていた。
思ってしまっていた。
ほころびに気付くことなく。
唐突に、
あっさりと、
それは終わっていた。
終わってしまっていた。
大切にしていたもの。
しようとしていたものが。
「ごめんなさい」
それだけ書かれた紙だけを、今まで一緒だった証拠として。

惨めだった。
街を護る男は、一人の女の心も護れなかった。
折れた心のまま、この街にはいたくないことを告げた。
警護団の証のプレートメイルを返し、安物の皮鎧を受け取り。
街の喧噪に背を向け、小さな荷物を手に。
小雨の降りしきる中、冷えきった心と共に。
逃げるように、去った。

「---す」
意識が戻り始める。
「--は--す」
昨日は・・・そうか、ベッドに倒れて・・・
「おは---ます」
次第に違和感に気付き始める。
「おはようございます」
「うぉっ!?」
目の前に若い女性がいた。
後ずさるつもりが、勢いで壁に頭をぶつける。
「だ、大丈夫
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