回想

「……最低です。わたくしって……」
あれから約三十分後。
オナニーの快感から舞い戻り、服を着て、ベッドシーツを洗濯機に放り込み、想一の寝室を換気した蓮花は、凄まじい罪悪感にのしかかられていた。
俗に言う賢者タイムである。
今はリビングの隅っこで、体育館座りをして自己嫌悪の真っ最中だ。
「想一さんの下着やベッド、部屋を汚すには飽き足らず、あまつさえあんな破廉恥な想像をしてしまうなんて……!」
顔を両手で覆って重い溜息をつく。
前々から性欲が強くなっているのは知ってた。
しかしちょっと歯止めが効かなくなるだけで、あんなことになろうとは。
目を瞑れば容易に思い出せる数々の痴態。
想一の事を思って媚びるような声や、甘ったるい懇願をした自分。
極度のトランス状態に陥り、虚構と現実の区別がつかなくなった自分。
快感に激しく打ち震え、淑女としての気品や矜持も放り捨てた自分。
変態、淫乱女、ドスケベ女狐、性欲魔獣。
様々な単語が頭の中をぐるぐるかき乱す。
「ぁぁあああああ……。恥ずかしい、恥ずかしいですぅ……」
身体ができるだけ小さくなるように丸くなる。
主人の要望に応えるかのように、尻尾と耳もペタンと縮こまる。穴があったら入りたい。
「…………」
沈黙が下りた居間には、壁掛け時計の秒針と、脱衣所から聞こえてくる洗濯機の音が響くのみ。
そうして。
カップラーメンができて、伸びてしまうくらいの時が経っただろうか。
「やってしまったものは仕方ありませんよね……」
しょんぼりした様子で蓮花はのそのそ立ち上がった。
落ち込んでいてもきりがない。
それよりも今はやるべきことを終わらせよう。もしかしたら家事をやっている間に、罪悪感も薄れるかもしれない。
気を取り直した彼女はやり残した仕事にとりかかった。
シンクに置いてある茶碗や食器を洗い、洗濯物をベランダに干し、掃除機とクイックルワイパーで各部屋の清掃を済ませる。
続く一連の流れで普段はあまりやらない場所の掃除も行う。テレビやソファといった家具の裏側、部屋の隅の端っこ、浴室やトイレ等々。
いつも以上に無心で、かつ全力でやったせいか家事は一時間もしない内に終わった。
「はぁ……」
一段落した後。蓮花は居間のローテーブル前に座り込み、気だるげな吐息をつく。
消えない。罪悪感がなくならない。
なにせ彼女の精神性は、利他と善の色を強く持っている。
想一と同じく根が真面目でもあるので、自分のしたことに責任を求めてしまうのだ。
(やっぱり、お慕いしてますとは言えないですよね。こんなはしたない女だと分かったら、あの方に迷惑がかかります)
だからこそ、自分が他者へ与える影響も常に考えてしまう。
「想一さん……。わたくしは、貴方の愛が欲しいだけなんです……」
男の横顔を脳裏に浮かべたら、罪悪感が不安に変わる。
自分の隠している、淫らな部分をさらけ出すことが怖くなる。
嫌われたくない、拒絶されたくない、伸ばした手を振り払われたくない。
でも好きだと、愛してると言いたい。
これが人間女性ならいざ知らず、ただの恋煩いで済んだことだろう。
しかし魔物にとっては話が別。パートナーや恋した相手から疎まれるのは、魔物娘にとって誇張抜きで死活問題なのだ。
(お母様も……お父様と結ばれるまでは、こんな悶々とした気持ちを抱えていたのでしょうか)
いっそのこと。
理性や建前を捨てて、四六時中本能のままに生きることができたら、こんな苦しい気持ちにならずに済んだかもしれない。
あるいは魔物娘の性が命じるままに彼を襲えば、思い悩む必要はなかったのかもしれない。
しかしそれは、自分がこれまで歩んできた生き方とはあまりにかけ離れていて……。
「困っちゃいますよね。ただ、あなたに触れたいだけなのに」
意気地なしの自分を恨めしく感じる。
儚げな視線が向かう先は、居間の壁にかけてある小さな写真額だ。
映っているのは、賑わいを見せる神社の前で並んだ想一と巫女姿の蓮花。
新年明け、お参りの時に撮って貰った写真である。写真撮影に協力してくれた龍からは、お熱いですねと茶々を入れられたものだ。
そして巫女姿をよく似合っている、綺麗だと評してくれた想一を前に心が躍ったのも昨日のように覚えている。
(そういえば、出会った当初も美しいって貴方は言ってくれましたよね)
写真を眺めてふわりと微笑んだ蓮花は、記憶の回廊に意識を馳せる。
目を瞑らなくても思い出せる。
初邂逅の、あの秋の夜のことを。




公園での押し問答の末。
加賀見想一、と名乗ったその殿方を連れて、わたくしは自宅に戻ってきました。
そして遠慮する彼を風呂場に押し込んだのが数分前の事です。
「タオルは脱衣所に出しておきました。それから衣服なんですか、乾燥が終わるまでは浴衣を使ってください」
男物の羽織が自宅にあっ
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