水の流れる涼しげな音を聞きながら、俺は釣り竿の先をぼぉっと眺めていた。
左を見れば、先ほどまでに釣れた3匹の川魚が容器の中ですいすいと泳いでいる。
右を見れば、足先を川へと放り投げぱちゃぱちゃと水面を蹴り上げている河童がいる。
「なぁミドリ、魚が逃げると何度言えば分かるんだ?」
「だぁってつまんないんだもん。リョウも胡坐崩して足入れれば? 冷たくて気持ちいいよ」
その河童の名はミドリといい、俺ことリョウの幼なじみである。
彼女との付き合いは俺がここに住み始めた頃から俺も彼女も二十歳になる今現在まで続いているのだ。
十年近くも彼女と一緒にいるのだなぁと懐かしく思うのも当然と言えるほどの年月が経っている。
彼女との出会いもこんな暑い夏の日だったとその日のことを思い出す。
11年前の春、祖父母の住む村に越してきた僕を待っていたのは広がる大自然であった。
流行りの病にかかってしまい、療養のために父母のもとを離れ自然あふれるこの村に来たのだ。
若い人たちはもっと栄えている場所へと出稼ぎに行っているらしく、子どもは僕ひとりであった。
ご近所のおじさん・おばさんたちに親切にして貰ってはいるものの、僕も好奇心旺盛な腕白坊主。
春から夏へと季節が移り変わり、すっかり病気も治っていた僕は村の外へ探検に出かけたのである。
「あ、小川だ! ……ん、誰かいるぞ?」
みんみんと鳴く蝉の音に混じる小川のせせらぎに導かれ、僕はそこで彼女と出会った。
髪はおかっぱで艶やかな黒であったが、頭頂部には大きく丸いお皿が備わっている。
背中には亀にも似た甲羅があり、服装もゆったりとした着物ではなく身体にぴちっと張り付いている。
そしてなにより自分と違うのは、若葉のように鮮やかな薄緑色の肌と、指の間にある薄い膜であった。
「こんにちは!」
目をくりくりと輝かせながら大きな声で挨拶をしてくる少女。
自分とまったく違う容姿にほんの少しの畏怖を感じていた僕も大きな声で挨拶を返す。
「こんにちは! 僕はリョウ、君の名前は?」
「私はミドリ! 人間を見るのって私初めて!」
「君は人間じゃないの? 君は一体なぁに?」
「河童って言うんだよ! 河童見るの初めて?」
「初めて見た! 河童かぁ、なんかすごいね!」
言葉を交わし始めてすぐに仲良くなった僕たち。
好奇心が人並み以上にあった僕は彼女にたくさんの質問を浴びせた。
何歳なの? 好きな色は? 好きな食べ物は? どうしてここにいるの? などと言う僕に対し、
9歳だよ! 名前と一緒! キュウリが大好き! 私ここに住んでるの! と矢継早に答える彼女。
同い年だと言うことも分かって、さらに親近感を覚えた僕は彼女とたくさんお喋りをした。
1時間も喋り倒しただろうか、彼女は僕にこう問いかけてきた。
「ねぇリョウ、お相撲しない?」
「すもう? 相撲って、まぁるい円の中で押し合いっこするあの相撲?」
「そうそう! 私のお母さんが昔したって言っててね、人間と出会ったらお相撲したいなってずぅっと思ってたの!」
「うーん……いいよ、お相撲しよっか!」
「やったぁ! じゃあこっちこっち、ここなら倒れても痛くないよ!」
僕の手を取って嬉しそうに走り出し、案内するミドリ。
先ほどまで居た石ころだらけの地面ではなく、そこにはやわらかい土が広がっていた。
「『はっけよーい、のこった』って言ったら始めるんだよ!」
「分かった! 体動かすの久しぶりだけど負けないからね!」
「久しぶり? リョウすごい元気いっぱいなのに運動しないの?」
「ちょっと前まで病気でずっと寝てたんだ。元気になったしいっぱい運動するぞぉ!」
そう言うとミドリは先ほどまでの嬉しそうな表情を一気に暗いものへと変えてしまった。
どうしたんだろう、と彼女の顔を覗き込むとミドリは僕のことをじぃっと見つめてこう言った。
「無茶してなぁい? 運動だめなら他の遊びでもいいよ?」
どうやら僕のことを心配してくれているらしいミドリ。
僕の病気は数か月も自然に囲まれていたため、すっかり完治しているとここのお医者様の太鼓判つきである。
僕はにっこりと笑って彼女に返事をする。
「大丈夫だよ! ミドリは相撲がしたかったんでしょ? 僕でよければ一緒にしよ!」
「……うん! でも、体が苦しくなったら途中でもちゃんと言ってね?」
「分かった、約束する、はい指切り!」
「うん、指切り! 約束だからね!」
僕も彼女も右手の小指を絡ませ合って約束する。
彼女の指と指の間の膜 ―彼女いわく水かき、先ほどの質問でそう聞いた― はどうやらかなり伸縮性に優れているようだった。
指切りげんまんで始まる馴染みのフレーズを唱えている間、小指に感じるすべすべとした感触を堪能していた。
「指切った! それじゃお
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