海を照らす満月の下

真夜中に出歩くというのも素晴らしいものだと俺は思う。
静謐な雰囲気、耳に聞こえるのは自分の足音だけである。
今この世界には自分しかいないかのような錯覚すら覚える。
このままずっと一人でいられればどんなに良いだろうか。

「……いかんいかん、気分転換のために宿も取らず町を出たというのに」

凛とした空気に身体を晒せば精神もリフレッシュするかと思ったが効果は薄いようだ。
けれども足を動かしているうちは暗い考えにとらわれずに済むのでそのまま足を動かす。
いつの間にか海の方まで来ていたようで、空気に潮の匂いが混じっていた。
海岸沿いをそのまま歩いていると少し先に人が倒れていた。
怪我人かと思い慌てて近寄るもののそれは人ではなかった。

「……くらげの魔物?」

そう、倒れていたのはくらげに似た特徴をもった魔物であった。
身体はぷるぷるとした感触で透明に近い限りなく薄い水色をしていた。
スカートと思っていたそれは傘状の身体の一部のようで先に針が付いている。
そして倒れていたのではなくただ寝ていただけのようだ。
見目麗しい顔は苦痛など全く感じさせず寝息をすぅと立てているのみだった。
子どものように純真無垢な表情を見ていると微笑ましくなってくる。
頭を軽くなでてやるとその魔物は穏やかな表情で微笑んだように見えた。

「魔物、か……」

俺の生まれ育った故郷は反魔物の国家であった。
昔は凶暴だった魔物だ、姿が変わろうとも警戒する姿勢は間違っていないかもしれない。
だがその姿勢があまりにも徹底しすぎていた。
魔物にはすぐ武器を向けて領土から追い払う。
魔物と言葉を交わした領民を捕まえて罰を与える。
国のやり方に意見を言おうものなら国から追い出してしまう。
俺もまた意見しようとして国から追い出されたのだ。

「故郷を出て、半年になるのか」

行くあてもない一人旅だった。
追い出された時には少しの路銀しかなかったため日雇いの仕事をこなしつつ旅を続けた。
故郷に居る皆は今頃どうしているだろう、自分のように追い出されてなければよいが。
親は魔物が凶暴な時代を知ってるため国のやり方に文句を言わないだろうから大丈夫だろう。
同世代の友人らはどうだろうか、心配をかけてるかもしれないと思うと心が痛む。
けれどももう彼らには会えないのだ、それならばいっそ心を閉じ込めてずっと一人で……

「あなた、泣いてるの?」

耳朶に響いたのは小さい、けれどもしっかりと心にまで伝わってくる優しげな声であった。
目を覚ましたのかと魔物に視線を向けるが視界がぼやけている、本当に俺は泣いていたらしい。
彼女の頭に添えていた右手で涙をぬぐい彼女の顔を見遣ると、彼女は俺の顔を見つめていた。
彼女は上半身を起こし俺の方をまっすぐ見て言葉を紡いでいく。

「どうして泣いてるの?」

彼女の表情はとても真剣なものだった。
初対面で話すようなことではないだろうとも少し思ったがそのまま全部話した。
自分のこと、国のこと、この半年の生活のこと、残してきた人たちのこと。
視界がまたぼやけ始める、どうやら話していくうちにまた泣き始めてしまったようだ。
自分はこんなに涙もろかったのだろうかとまた情けなくなり涙は途切れず流れ続ける。
そんな俺を救ってくれたのは聞き役に徹してくれていた彼女だった。

「大丈夫。哀しい時は泣いていいんだよ」

身体に感じる彼女の体温は少しひんやりとしていたが心を温めてくれた。
口数こそ少ないけれどもその言葉は俺の心に届いてくる。
自分よりも小さいその身体に縋りついて俺は泣き続けた。





「わたし、チィナ。あなたの名前は?」
「さっき言いそびれたな。俺はセイトだ」

俺が泣きやみ今度は彼女の話を聞かせてもらった。
種族はシー・スライムで、海の中で暮らしている。
流されて浜辺に打ち上げられることがたまにあるらしい。
今日は流されたのが夜遅くだったので翌日起きてから海に戻ろうとした、とのことだった。

「ここで寝てて良かった」
「なんでだ?」
「あなたに会えたから」
「俺も君に会えてよかった。君に救われたんだ」

きっと俺の頬は闇夜でもわかるほど赤いだろう。
正面から礼を言うだけでこんなに恥ずかしいとは。
今日は落ち込んだり泣いたり赤面したりと大忙しだ。
俺は深呼吸をして、彼女の目を見て言葉を発する。

「チィナ。話を聞いてくれて、慰めてくれて、ありがとう」
「お礼なんていいよ、わたしはわたしがしたいことをしただけ。一目惚れした人が哀しそうだったから慰めただけ」
「そうか……ッ? ひ、ひと、ひとめぼれって」
「寝てたら頭が撫でられてきもちいな、って思って。手が止まって泣き声が聞こえて」
「あ、あぁ」
「目を開けたらあなたが泣いてて。助けたいなって思って。わたし、セイトが好きに
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