「……はぁ。今日も残業かあ」
深夜、静かになった町を歩きながら僕−−美馬隆志(みま たかし)は小さくため息をついた。
世はゴールデンウィーク、帰りの電車にほとんど人が居なかったことも、疲れを加速させた。
休みの日でもこうして、働く人が居る。
電車だって、運転手の人が頑張ってくれている。
だから、世の中は回っている。それは、理解できる。
けれど、それでもやっぱり疲れはたまるのだ。
帰り道に買った半額の弁当をかき込んで、適当に寝るだけの生活を思い描いてげんなりとした気分になる。
明日は休みだけれど、やることなんてない。
せいぜい早起きしてたまっていたゴミを出して。普段しない掃除をして。
疲れを取るために、寝る。
それだけだ。
「さて、シャワーでも浴びるか……」
そんな暗い気持ちになりながら歩く僕がその異常に気がついたのは、家の前についてからだった。
「あれ?電気がついてる」
僕が住むが築数十年の、ぼろアパートの一角。
カーテン越しの窓から光が漏れてで居た。
もしかしたら、付け忘れだろうか。
光熱費の心配をしつつ、扉に手をかけると、もう一つの異常に気付く。
「……鍵、開いてる」
古ぼけたドアノブは、鍵をさす前からかちゃり。と静かな音を立てて動く。
たしかに、今日の朝。かけたはずだったのに。
最近流行の空き巣だろうか。背中に冷や汗をかきながらドアを開けた僕を待っていたのは−−。
「お帰りなさい、タカシちゃま♪ ご飯にします? お風呂にします? それとも−−」
浅黄色のエプロンドレスを着た膝丈ほどの人形が、優雅に微笑む姿だった。
◇
「……」
アパートについている狭い風呂場の中、僕はただ放心状態だった。
かろうじて、『お風呂にする』と口にすることができた僕は、この風呂場に逃げ込んだのだ。
ばしゃり、なんとなしに身体にかけ湯すると、良い塩梅の温度だった。
少し熱いお湯が、疲れを溶かしていく感覚が心地良い。
「何だったんだろうなあ……」
脳裏に浮かぶのは、さっきの人形の事。
艶のある長い金髪を飾る、紅いカチューシャ。
もっちりとやわらかそうなばら色の頬。
湖水を映したような、蒼い瞳。そしてやわらかい笑み。
身体を包む浅黄色のエプロンドレスはフリルが歩くたびに優雅にゆれていた。
一度目にしただけで、僕の頭の中は彼女のことでいっぱいになるくらい。
可愛くて……綺麗な人形だった。
一体、彼女はどんな存在なのだろうか。
疲れでみた幻覚にしてはやたらリアルだから、きっと実在の存在に違いない。
……もしかしたら、呪いの人形?
でも短い時間しかあったことはないけれど、彼女のことを僕は悪い存在だとは思えなかった。
それに、昔どこかで会ったことがあるような……。
「タカシちゃま♪ お湯加減はどうですの?」
「う、うわぁっ!?」
そんな、考えに心をめぐらせる僕に不意に声がかけられた。
直後、からりという音と共に風呂場のドアが開けられる。
ドアの向こうに立っていたのは、もちろんさっき出会ったばかりの人形だった。
タオルを身体に巻いているものの、露出度が高い姿をしており。僕はおもわずつばを飲み込んでしまう。
「い、良い塩梅だよ」
「良かった。そのままお背中を流してあげますね♪」
「え、え!?」
そのまま、彼女は僕の身体に近づくと手に持ったタオルに石鹸をつける。
有無を言わさない勢いで、背中にやわらかい手が触れる感触がした。
「じ、自分でできるからっ」
「ダメですのよ? 自分ひとりだと見逃してしまうこともありますの」
小さな手で身体を撫でられるこそばゆい感覚に思わず身体の力が抜けて、抵抗する気力がなくなってしまう。
どこか無力なのに心地良い……。
全てをゆだねたくなる。
そう、それはママに洗われているような感覚だった。
「髪も洗ってさし上げますわね」
「うん……」
されるがままに、頭を洗われる感覚に酔う。
かゆいところを言う前に、小さな手が頭皮を揉んで、気持ちよくしてくれる。
泡をお湯で流されるころには僕の身体はすっかりくにゃくにゃになっていた。
「さ、タカシちゃま。肩までちゃんと浸かるんですよ?」
「うん、ありがとう」
言われるがままに、お風呂に入ると好みの暖かさの湯が全身を包む。
湯気が沸き立ってしっとりとした空気が心地よい。
のぼせたような頭になって、僕はただ彼女が自分の身体を洗う様子を眺める。
「ふふ、良いですのよ。もっと私を見ても」
タオルを脱いで、幼いながらも妖艶裸身があらわになる。
球体の間接が彼女が人形であると知らせてくれると同時に、どこか非現実的な美しさを僕の心に残してい
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