『思い出すだけで、本当に恥ずかしい思い出です
何より、無計画で無鉄砲です
けれどそれでも
この選択がなかったらーー
わたしは、こうしていなかったでしょう』
◇
魔力が満ちる、満月の夜のことでした。
「うう……お母様の、馬鹿ぁ!」
その日、わたしは怒っていました。
一人部屋で布団をたたくと、ぽふっと音がします。
独身であったウシオニさんの結婚式は、たしかに村総出で祝う素敵なものでした。
白い角隠しをつけて、ほほを紅く染める彼女の姿は、まさしく幸せの絶頂で。いつかああなりたいと妄想を抱いてしまいます。
男性の方も、元教団の兵でしたけれど彼女の丁寧な対応によって。本来のやわらかい優しい表情になっていて。やはりとても幸せそうなのが印象的でした。
お父様のとなりでお母様が2本の尻尾を振りながら大きく拍手をしていたのを、思い出します。
途中、天気雨ーー狐の嫁入りがあって。天も祝福しているような、なんとも神秘的な雰囲気でした。
しかし。
しかしです。
「いつか、あなたにもいい人が出来るっていわれても……」
わたしの心に浮かぶのは、悲しみなのでした。
なぜなら……
「この村に、独身の男の人は、もう居ないじゃないですか……っ!」
そう、この結婚式によって、この村の男の人は全員お手つき……すなわち、既婚者になってしまったのです。
こうなってしまったら、もはやどうしようもありません。
毎日ご飯を作る勉強をしたり。
お掃除を手伝ったり。
勉強をしたり。
そういったお嫁さんになるための努力は一生懸命してきました。
告白のための言葉を妄想して、恥ずかしくなったりもしてきました。
けれど、全てが無駄になってしまいました。
男の人がいなければ、結婚なんて夢のまた夢です。
もちろん、この村のことは大好きです。
お父様が居て、お母様が居て。
緑が豊かな、ちいさいけれどのどかで、美しい村です。
しかし。魔物というのは狼なのです。
常に誰か男の人を求める淫魔としての本能は−−捨てられないのです。
「……男の人、居ないかなあ」
ぼそり、布団を抱きしめてそんなことをつぶやきます。
もちろん、答える人は居ません。
口をあけて待っていたところで、牡丹餅がおちてくることなんてあるわけがないのです。
−−そう、村の腕利き術師である白蛇のお姉さんのように、毎日毎日水鏡を使ったまじないを使って異世界から男の人を召喚したりしなければ……。
「召喚?」
思いついた言葉に、わたしはぴん、としっぽを立てました。
そうです、こことは異なる世界−−地球には、まあるい大地と全く異なる文明の都市があって。まだまだ多くの未婚の男の人が居ると。
以前何度かお姉さんに見せてもらった時のことを思い出します。
水鏡に映るのは、灰色の舗装路と、四角い建物。
道を走るからくり仕掛けの車に、変わった服で歩く人々。
魔力とは違ういかづちの力できらびやかに輝く町並み。
白磁のように美しい指を動かしながら、一つ一つ教えてくれる彼女の声。
「舗装は、アスファルトっていってね。建物はコンクリートというの。−−ここらへんのからくりも、全部電気の力。すごいでしょ?」
「はい。すごいですっ。きらきらです!」
「ふふ、そうね−−で、このコンビニっていうお店に居る人が−−私の、運命の殿方なの」
そう語った白蛇のお姉さんは、数日後、男の人を召喚しました。
今は、村でも有数の睦まじい関係で、見ていて正直嫉妬してしまうくらいです。
「……むう」
しかし、今のわたしにとって。そのやり方はきっと不可能です。
まず、異世界につなげるための魔力。
狐の嫁入りがあるほど魔力に満ちたこの日なら。もっとも力の低い一尾のわたし程度であっても、空間をつなげることくらいは出来るかもしれません。
けれど、所詮は一尾の魔力。
つなげていられる時間なんて、ほとんどありません。
もって数秒。といったところです。
そして、召喚に応じてくれる男の人探し。
短い時間では、ほとんど話す時間もないはずです。そんなわたしについてきてくれる人なんて居るはずがありません。
お姉さんだって何度も何度も繋げて、運命を手繰って、ようやく伴侶を得たのですから。
……完全に手詰まりです。
良い考えだと思ったのですが……。
「ええい、ままよ。です!」
しかし、ここであきらめるのはいけません。
結婚しないまま、誰とも出会えないまま歳を重ねてしまうなんて、絶対に駄目です。
たとえ、確率がどんなに低くてももしかしたら一目ぼれをしてくれる人だって居るかもしれません。
以前白蛇のお姉さんがやってくれていたように、盆の上に水をたたえ魔力
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