「……ふむ、中々に良いものだな」
眠らずの国、その一角に立つ豪奢な劇場。
貴賓席に座る女性……『眠らずの国』の女王であり、アンデッドの頂点、『腐敗の王者』たる存在、ベルフィードは、彫刻の如き美しいかんばせに笑みを浮かべた。
「かくて、勇者と言う呪いを解き、彼は人となり−−伴侶を得て、幸せを得る。うむ、いい筋書きだ……そうは思わんか?シビラ」
彼女が見ている劇は、ある勇者の物語。
幼い日の約束を守り勇者となって人の幸せをなくした少年と、彼への想いで蘇った少女。
劇は、クライマックスを迎えていた。
「ええ、確かにいい劇だとは思いますが……早くベル様もこのような幸せをみつけるべきだと思います」
「はは、それは言ってくれるな」
隣に立つリッチ『王の頭脳』たるシビラの言葉に、彼女は苦笑する。
魔物娘にとっての一番の幸せは伴侶を見つけ。愛し合うこと。
魔王が代替わりし、魂の変容が行われてからその原則が損なわれたことはない。
無論、強力な魔物であるベルフィードにとってもそれは変わらない。
しかし、彼女は未だ伴侶を得ないまま、永い時を過ごしていた。
「何度でもいいますよ。この劇と同じなんですから。……いつか『腐敗の王者』ではなく、『ベルフィード』という存在を愛してくれる伴侶を貴女が見つけるまで……自分を許せる日が来るまで、ずっと」
「……」
シビラの呟きに、ベルフィードは答えないまま小さくかぶりを振った。
『王』という重荷を背負った彼女が伴侶を見つける日。
彼女に解かれた呪いが解かれる日は−−いまだ定かではない。
「さて−−余は挨拶に行ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
劇が終わり、役者たちが頭を下げるのが見える。
周囲の観客は立ち上がって惜しみない拍手を送っていた。
団長であるリィナはファントムではなくゴーストだという話だが、それを感じないほどの見事な公演であった。
「ふふ、思い通りにことが運ぶ。というのは悪くないものだな」
「少しばかり、婉曲に過ぎる手だとは思いますが」
これならば、計画の進行には、全く支障はないだろう。
自らの企みを面に出さず、ベルフィードは静かに舞台へと上がる。
「此度の公演。見事であった」
「身に余る光栄でございます。陛下」
腰を折るゴーストの頭に、軽く指を触れる。
流されるのは、アンデットの王者たるワイトの魔力。
ぽう、と淡い光が彼女の額の上に煌く。
「これからも様々な地で公演を重ね、より素晴らしい劇を見せるがいい」
「……はい」
首肯するリィナに、ベルフィードは微笑を浮かべた。
計画通り、彼女はこれから多くの地で劇を行うようになるだろう。
その身に最上級のアンデッドの魔力を宿して。
−−『眠らずの国』の版図を広げるのだ。
侵略とは、ただ武力によるものだけではない。
精神的、文化的な侵略。
一つの劇が広まれば。
それが「勇者を呪いとして扱う」としたら尚更。
教団の威厳は奪われ。
魔物娘達の姿は魅力的に映る。
そうして、触れ合った国境から、少しずつ、舐め溶かすように。
魔力を浸透させ、国を落としていく。
牙をなくした筈のかの国は、緩やかにその力を増していくのであった。
−−−
「報告が上がりました。勇者ロランからえた情報によりますと、既にヴォールの教国軍は厳しい情勢にあり、しばらく侵略などの行為には出られないとの事です。また、マノレテに戦力が集中し始めているとも」
「……ふむ、他には?」
「ザントライユ家のブランシュが結婚したそうです。なんでも劇を見て憧れた男性が居たとか」
「うむ、善哉善哉」
「……しかし、ずいぶんと婉曲ながら、手が込んでいますね。勇者から情報を引き出し、領地を拡大し、ザントライユ家の内情を確認……」
「その上で、面白いものも見られた。ふふ、面白いであろう」
「そういえば、一体どこからが陛下の計算だったのですか?」
「さて、何時ごろからだと思う?」
「眠らずの国」、その中心ある絢爛たる城。
要塞を改造してつくられた頑健な執務室の中、ベルフィードはシビラの質問に小さな笑みを浮かべた。
「……間違いなく、あの二人を引き合わせたのは陛下の差し金ですよね。勇者に対する警備がデュラハン一人、というのはおかしいと思いますし」
「ふふ、確かに。正解だ」
「さらにいうなら、バルトを使えば、内情を聞きだすのなんて簡単だったはずですし……まさか」
呟きながら、シビラは書物をめくる。
しばしの沈黙の後、彼女の手には一枚の書状が握られていた。
「勇者ロランの
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