ある幽霊の再会

「え、ちょっと待ちなさいよ!?ここに来て魔界熱って……」
「……さっき、連絡があった。病気はどうしようもない」
「そ、そうだけど……」

 上演当日の舞台裏、ジナイダから言われた言葉に、わたし−−劇団の長であるリィナは頭を抱えた。
 先日まで一緒に練習してくれた『ブランシュ』役が急な魔界熱を出したのだ。
 普通の病気だったら、体調が悪くても出るのが役者魂だけど、魔界熱となるとそうは行かない。
 周囲に撒き散らされた魔力は多くの魔物たちや男性を発情させ、劇どころではない饗宴がひらかれることになるだろう。
 それはそれで非常に心引かれる風景ではあるけれど、私達が今日行うのはポルノ劇ではない。……ベッドシーンはあるのだけれどね。

「代役にノイエは……ダメね。今日の彼女は『ミーシャ』、『幼少期ミーシャ』役、『本人』役の三役兼務。これ以上負担はかけられないわ」
「……私が代わるのは」
「やめた方が良いわ。貴女も『ロラン』役、『本人』役の二役じゃない。慣れない男役なんだから無理しないで」
「……うん」

 ふわふわと浮きながら、ガラテアの元に飛ぶ。
 役者の層が薄いなんてものではない貧乏劇団はこういうとき大変だ。
 普段もわたしを含めて裏方兼業。一人二役あたりまえ、ギャラは一人前なんて心苦しい真似をしてしまっている。一部のキャラクターなど私の幻影魔術による投影で『居るように見せること』で補っている。ベルフィード陛下などはその好例だ。
 勿論、あたらしく雇う暇なんて無い。
 ドアを念動で開き、紅茶を片手に台本をチェックしなおしている彼女に声をかける。

「ガラテア、大変な事になったわ」
「ああ、『ブランシュ』役の話だろ」
「−−ええ。それにしても随分落ち着いて居るわね」
「調度、適任な代役を見つけてきたばっかだからな」

 私の言葉に、にやり、と悪い笑みを浮かべるガラテアに首を傾げる。
 知っていたことも驚きだけど、その余裕の理由が分からなかった。
 代役を立てても台詞の覚えなおしや演技の指導。やることは山積みである。
 そもそも演技を出来る人間でないと話にならない。

「その、代役って誰?」
「そっちに居るぜ」
「へ?」

 彼女が親指でさした方を見て、わたしは頓狂な声を上げる。
 端の方で台本を相手にぶつぶつと台詞の練習をしながら付箋を張る金髪の少女の姿。
 たしかに、『ブランシュ』役に適任なヴァンパイアが、其処にいた。

「−−困っているものを助けるのは、ザントライユ、いや私達貴族の義務だからな」
「ブランシュ……!」
「はは、格好を付けてみたが。ハートの女王様、ベルフィード陛下のお二人からしばしのお許しを得ただけだ」

 苦笑するように笑いながら、彼女は懐から小説を取り出す。
 端の方が丸くなったそれは、随分読み込まれていることが分かった。

「今、小説との相違点を探しつつ台本の査読をしている所だ。演技については−−その、自信はないが」
「いいえ、ありがとう。ブランシュ」
「む、むう……当然のことを、した、だけだ」

 顔を紅くしながらそっぽを向くブランシュ。
 彼女からは、ほんのりとチョコレートの香りがした。

「−−よし、本番前リハーサル。はじめるわよ。ブランシュはこちらね」
「ああ」

 正直、にわか仕込みで演技するのは難しい。
 けれど、彼女なら。
 本人役で、しかも小説を一杯読んでくれて。真面目な彼女なら。
 きっと何とかなるだろう。
 そんな、予感がした。



−−−−−−


「ご来場の皆様、本日はこうして我々の公演にいらしていただき本当にありがとうございます」

 開園の時間。
 たくさん(3000人はいるのだろうか。いつもの10倍以上の入りである)の観客の前でふわり、と一礼をする。
 なにげなく観客席を見れば、ベルフィード陛下が観覧席に座るのが見えた。
 そして、あの『愚人の愛』の作者であるクラウス氏とその妻であるワイトのカタリーナさんがその近くに居るのも見える。

「これから、演じますはとある小さな奇跡の物語」

 ぱちり、と指を鳴らしてガラテアに合図を送れば、ゆっくりと幕をあがりはじめる。
 反魔物国、ヴォールの風景だ。

「人は、約束をします」

 静かに、でも通る声で語りかける。
 普段より広くて、緊張するけれどそこはプロ。1度舞台に上がればぴたりと震えも収まってしまう。

「それは、人の心を護る鎧でもあり、心を縛る呪いでもあります」

 ふわり、と浮き上がりながら舞台に魔法の灯を灯す。
 夜が明ける演出。
 ノイエと、ジナイダが舞台に上がる。

「−−約束を護ることで。彼は自ら
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