「……はあ」
小さくため息をつきながら、私−−ブランシュ=ド=ザントライユは夜の街を歩く。
送り迎えの馬車は用意されていたが、乗る気にはならなかった。
頭の中に浮かぶのは、今日の婚活パーティの失敗。
「そこのお前!高貴なるヴァンパイアである私の従者になれ!」
−−あんな言葉で上手く行くとは、思っていない。
しかし、男を前にすると、緊張のあまりつい、そんな言葉が口をついて出てしまうのだ。
分かっている。これが言い訳だということは。
そんな言い訳が通用するほど男女の関係が上手く行かないということくらいは知っているのに、止められなかった。
手にもったチョコレートの包みを握り締める。
承諾してくれた男性と、一緒に食べようと準備しておいたものだった。
使ったのはこの『眠らずの国』で作られたカカオと、私が魔力で生み出した甘い蜜。
お見合いに成功しても、直ぐに体を開くわけには行かないヴァンパイアである私が考えた、苦肉の策だった。
何度も、何度も本を読みながら作り直し、はじめて納得の行くものが出来たときは思わず貴族としての誇りを感じさせないくらいぴょんぴょんとはねてしまって、リディアーヌには随分と「はしたない」と言われてしまった。
私が持ってきたのは、そうやって作ったチョコレートのなかで、一番の自信作。
食べてくれる人が喜んでくれるように、心を込めて作ったもの。
料理は、心を頂く−−。そんな言葉が心を過った。
「……ッ!」
しかし、あんなにワクワクしながら作ったそれが、今では恨めしいものに感じられて。
私は包みを思わず街路に投げようとし……そんなことをしても、余計惨めだと言う事に気がついた。
チョコレートに罪はない。
悪いのは、情けないのは−−私だ。
何が、『新しい風を入れる』だ。何が、『この国の人と結婚して、縁を深める』だ。
そんなのは、結婚できなければ、ただの絵に描いた餅だ。
家に帰る道と、違う道を歩く。
こんなな避けない姿で、帰りたくなかった。
「……もう、ガラテアったら」
「ふっふっふ、でもいいだろ?これ。今度の新作ドレスなんだ。出来上がったらいの一番にミーシャに着て貰うからな」
「ホント、自分勝手ね。でも」
「ふふ、ありが、と」
少しばかりにぎやかな声が聞こえたのは、そんなときだった。
視線を向けると。数人のアンデッドたちが柔らかな月の下で、つつましくも賑やかなお茶会を行っていた。
どうやら、いつの間にか下町まで歩いてきていたらしい。
普段見ない下々の魔物たちの茶会をみるのは、初めてだった。
皆一様に、笑顔で、幸せそうで。
それが今、一番見たくなくて。ーーそれでも目が離せなくて。
「むう……」
私はまるでショウケースに目を奪われた子供のように、その風景を見つめていた。
−−−−
「いっしょ、に、おちゃ、の、みませんか?」
「ひゃあっ!?」
だから、その一言を言われた時。私は驚いてしまったのだ。
目の前にいつの間にか立っていたのは、灰色の髪と、灰色の瞳をもったゾンビの少女。
たどたどしいが、どこか優しさを感じられる声色だった。
「下々の生活を見ることもまた勉強、だから−−。誘われたとあれば礼をもって答えるのが貴族。この、ブランシュ=ド=ザントライユ、しばし時をともにさせて頂こう」
彼女に対しても思わず、見栄を張ってしまうどうしようもない私。
けれど、そんな自分を。
「はは、ちょっとしたものしかないけど。折角だしすわんなよ。ブランシュ」
「ふふ、こういう場は無礼講ですよ、ブランシュさん」
「お茶……淹れた」
其処にいる全員が、温かい笑顔で迎えてくれた。
一瞬躊躇った私だったけれど、ペースに乗せられてしまって、そのまま席に着く。
「……美味しい」
その日、飲んだ紅茶とクッキーは。
冷え切った私の魂に静かに沁みる様な味がした。
丁寧につくられたそれらは、作り手の心が見えるようだった。
「そういえば、ブランシュ」
「また呼び捨てか……どうした?ガラテアよ」
「いや、どうしてこんな所にきたのかなって」
「……ガラテア、空気、よめ」
「いや、いいんだ。確かに分からぬことだろうからな」
それから、数十分もの間、私はその席で過ごした。
一緒に美味しい茶を飲んで。
暖かいクッキーとスコーンを食べて。
話に花を咲かせる。
実家の事や、結婚の事。普段言わないようなことも、沢山話した。
それだけで、肩の荷が下りるような、自然な気分になれた。
「……その、余り物ですまないが……」
途中、
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