「うわあ、広いなあ」
わたし、ことドッペルゲンガーであるノイエは広くて豪華な会場に思わずため息をつきました。
真っ赤でふかふかななじゅうたんに、美しい壁画が描かれた金色の壁。
上を見上げれば美しいシャンデリアの柔らかな光。
周りを見れば着飾ったゾンビさんやグールさんに混じってヴァンパイアさんやリッチさんなど上級のアンデッドさんたちの姿が見えます。
この、影の魔物であるわたしには全く縁のない豪奢な場所「眠らずの国」で行われる婚活パーティの会場でした。
反魔物領からつれてこられた捕虜さんや、奴隷さん。そういった方々の中で魔物に対して理解を示した方々とわたし達アンデッドの間でおこなわれるこのイベントは、艶やかな盛り上がりを見せていました。
(うう、ここで引いたら、流石にガラテアさんやリィナさんに顔向けできません)
思った以上の場違い感に俯きがちの頭を気合で持ち上げて、手をぎゅっと握ります。
頭の中に浮かぶのは、お茶会で普段ご一緒している友達たちの姿。
今着ている真紅のドレスは、ミーシャさんが織った生地をガラテアさんが仕立ててくれたもの、コサージュはリィナさんがデザインしたものを、ジナイダさんが丁寧にくみ上げたものです。
友人達の後押しがあるというのに、ここで躓いていたらどんな顔をして会えばいいのかわからなくなってしまいます。
気合を入れなおしたわたしは、パーティ会場にいる男の人たちの間を、ゆっくりと歩き始めました。
めざせ、いいおくさん!
「あ、あの……」
「ん?どうした?」
「い、いえ、その、あの……ご、ごめんなさいっ」
「いきなり謝られてもリアクションに困るんだけど」
「え、ええと。ごめんな……じゃ、じゃなくて、ええと」
「……あー。とりあえず落ち着け。あと俺は既婚者だ。他を当たるんだな」
「すみませんでした……」
十数分後、わたしは部屋の隅で縮こまって頭を抱えていました。
失敗回数はすでに7回目を超え、ただでさえ少ない自信はガラス細工の如く砕け散っていまいました。
しかもさっきはよりによって既婚者の方にまで間違えて声をかけてしまう始末です。
相手の方、そして奥方であるワイトさんは許してくれましたが、随分とひどいことをしてしまったとさらに暗い気分になりました。
「そこのお前!高貴なるヴァンパイアである私の従者になれ!」
「やだよ、そんなの」
「……う、うぐ……せ、せめて話をだな」
「いや、ちょっと俺は貴族とか興味ないんで」
「が、がーん……これ、で14連敗か……このチョコレートが無駄になるのか……」
周りを見れば、失敗して落ち込んでいる方が多く見られます。
男の方が数の少ないパーティだったのです、失敗するのは本来あたりまえの事なのでしょう。
そう、自分に言い聞かせながら会場をたつべくこそこそと歩き始めます。
遠くでヴァンパイアとワイトの二人がそれぞれ立派な男の人と結ばれるのを横目にわたしは会場を後にしたのでした。
−−−−−
「……」
それに気付いたのは全くの偶然でした。
婚活パーティからの帰り道、ふと感じた魔力にわたしは顔を上げます。
身を裂かれるような、悲痛な感情の篭った精の香りが、わたしの鼻腔を小さく刺激していました。
「……こっち、かな」
ふらふらと、誘蛾灯に集まる蛾の様に夜闇に染まる街角を歩いていきます。
ドッペルゲンガーの好物、それは失恋した男性の精なのです。
わたしたちは、恋に破れ、悲嘆にくれる男性の前に現れます。
その姿と心を、恋した相手に擬態して。違うのは、相手が望むままの存在になるということだけ。
わたし達は、そうやって男性に近づき精と心を得るのです。
癒しの力だ、と呼ぶ人が居ます。
心に傷を負った男性を励ます力だと。
汚い力だ、という人が居ます。
悲しみに溺れる心に付けこむ物だと。
わたしは、後者だと思っています。
だから、わたしは無理だと知りつつもこうして本来の姿、地味な影であるこの姿で紺活パーティに出席したのです。
そんなことを考えながら、わたしの足はある建物の方へと進みます。
はやく、戻るべきだ。
理性がそう叫んでいます。失恋した男性にあってどうするんだ、と。
誘惑する気がないのであれば直ぐに戻ればいいはずです。帰って、着替えて。リィナさんたちのお茶会に出ればいいのです。
しかし、わたしの足は止まりません。
「……ここ、ですね」
静かに、隠れるように廊下を歩きます。
石造りの重厚なそれは、かつて旧時代の要塞を改装してつくられたものだからなのだそうです。
「
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