「いらっしゃいませ!」
満面の笑みを浮かべつつあたしは頭を下げる。
今日のお客さんはダンピールと思しき背の高いカッコいい女の人と背の低い男の人の二人組み。
手を繋いだり露骨なイチャイチャはしていないけれど、きっとカップルなのだろう。
「−−うーん。いろいろあるなあ。キティはどれにする?」
「とりあえずビール!こういうあっつーい日はビールだよビール!最近は日持ちするワインばっかだったし!」
「はは、やっぱりビールだよな」
案内されたテーブル、メニューを眺めながらにこにこと歓談にふける二人を見ればすぐに分かる。
お互いの好みを知り尽くしているこの感じ。きっと長い付き合いか、もしくは絆を物凄く深めるような何かがあったのだろう。
あたしのゴブリンとしてのラブレーダー(勘)がそんなことを告げていた。
「はーい、お冷です」
「お、ありがと♪とりあえずビール注文していいかな?出来ればキンッキンに冷えた奴!」
「あと、つまみに出来そうなの何かおすすめあるかな、目移りしちゃって」
「−−うーん。エダマメはいかがでしょうか。ぷりっぷりしてビールに良くあいますよ」
悩む男の人にちょっとした助言を添える。
エダマメとビールの破壊力は中々に凄まじい。事実、初体験したときのあたしはしばらく「おつまみはこれに限るっ!」って言ってたっけ。
おやっさんには「腕の振るいがいがないな」と苦笑されてしまうけれど。
「お、じゃあそれで。あとで追加でなにか頼むから」
「畏まりましたっ!」
注文を伝票に書き込んでから、おもいっきり頭を下げる。
そのまま小走りに調理場にダッシュだ。
接客業は元気が一番!があたしのモットー。勿論恋愛だって元気が一番である。
「−−おやっさん、ビール二杯ヒエヒエで!あとエダマメ一皿!」
「おう!ちょい待ってろ、すぐに出きっから」
調理場で待っていたのは、すこしばかり白髪の混じったナイスミドルの男の人。通称「おやっさん」この店のオーナー兼調理師。そしてあたしの初恋の相手である。
強引な一人で路銀が尽きてしまって、ひもじい思いをしていたあたしに美味しいご飯を腹いっぱい食べさせてくれたときの彼の姿は、とっても素敵で。
「−−ほら、魔物でも人間でも。腹いっぱいってのがいいんじゃないか?とりあえず食って。元気だしな!」という言葉もあって。それだけであたしのラブレーダーはオーバーヒート。あっという間に恋に落ちてしまったのだ。
チョロイって?
あたしだってそう思う。けど、恋は何時だって唐突なのだ。
それに、同じ状況になったら誰だってほれる。間違いないね。
そして今日の二人組みレベルの絆をつむぎたい。ああいう以心伝心って憧れる。
「エダマメひとつでも、丁寧に……」
それにしてもおやっさんかっこいいなぁ……調理場で鍋持ってるだけで似あうし。
ジパンク出身のどこかオリエンタルさもあいまったナイスミドル。
それだけでもオーバーヒートものなのに、渋くて低い声までもってるの!囁かれただけで……
「お−い、出来たぞー。もどってこーい」
「ハッ!?」
不意にかけられた渋い声にあたしはハッとする。目の前にはおやっさんの呆れたような顔。
思わず飛び跳ねるあたしを見て、彼はやれやれとため息をついた。
「ほら、ビール二つにエダマメ」
「しょ、承知ッ!」
ひったくるようにあたしはビールとエダマメをお盆に載せて、二人組みの方へとダッシュする。
ああ、またやってしまった……。
妄想が原因で嫌われるとか、死んでも死に切れない。
まだ告白もしてないのに。
「はい、お待たせしましたっ!」
「おお、これこれ♪」
お客さん二人の間にお盆を置く。
上に乗るのはきちんとさや切りされた枝豆に、泡と黄金色のバランスのいいビール。
食卓に咲いた花に二人の小さな歓声が上がる。
「む、この豆。美味しい」
「おお、ビールに合うね!」
「えへへ……」
枝豆を食べるカップルをお盆越しの横目で見つつ、あたしは小さな笑顔を浮かべた。
たかが枝豆、されど枝豆。
ちゃんと塩で揉んで外の毛をとり、鞘きりをして中に味を染み込ませる。
ただ茹でるだけに見えて、細かく成された配慮が味の秘訣、おやっさんの仕事だ。
「あ、追加注文お願いしまーす!」
「はーい!ただいまっ!」
遠くの席から聞こえた声にあたしは再び小走りに走る。
今日も、中々の忙しい日になりそうだ。
−−
「おつかれさまでしたっ!」
「おう、おつかれさん」
仕事終わり。最後のお客さんを送り出す頃
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