「膝枕……ですか?」
「ああ、膝枕だ」
僕のメイド兼恋人−−キキーモラであるクロアは、僕の言葉にきょとんとした表情を浮かべた。
ふわふわとした彼女の耳が首の動きに合わせて揺れる。
「その、いつもの膝枕じゃダメなのでしょうか……」
「い、いや、違うんだ」
どこか暗い表情を浮かべる彼女に手を伸ばし、急いで否定の言葉を告げる。
本当に生真面目でいい子で、膝枕の時はいい匂いがして。本当に僕なんかにはもったいない恋人だけど。
この真面目すぎるところだけは未だに慣れない。
それだけ本気で想われていると嬉しくなるけれど、彼女の悲しい顔は見たくないのだ。
「では、一体どんな……?」
「僕が、クロアを膝枕したいんだ」
ぽんぽんと、自分の膝を叩く。
そうして、僕は彼女の顔を見て微笑んで見せる。
対する彼女の顔には、戸惑いと、ほんの少しの期待が混じっていた。
「しかし、どうして?」
「いや、ちょっと、ね」
クロアの言葉に、僕はきっかけとなった出来事を話し始めた。
−−
きっかけは、ささいなことだった。
ある、友人との会話。
「−−おまえさ、いっつもクロアさんに頼ってるけど」
「うん。いつもお世話になってて、本当にありがたいとおもってる」
「うんうん。その気持ちは分かるぜ。俺もウェルママに甘えまくりだからな!」
昼食時、グリーンピース抜きチキンライスをぱくつきながらいつも通りの恋人自慢をはじめる友人。
彼の恋人であるデビル−−ウェルという子は、なんというか凄いのだ。
見た目は小さな少女なのだが、「あたしにまかせて!」と笑う彼女から溢れる母性は彼が屈するのに充分なものだった。
恋人だと言うのにママと呼ばせるだけの母性−−まさに戦慄物である。
「−−で、どうしたの?」
「ああ、そうそう。おまえ、ちゃんとクロアさんにお返ししてるのかなって」
「お返し?」
「そう、お返し。いつもありがとうって気持ちを込めてさ。俺なんかは良く膝枕とかしてあげてるぜ。膝の上にこうやってママに乗ってもらって髪を撫でてあげるんだ」
「−−そっか。考えてなかった」
友人の言葉に、僕は俯く。
いつもクロアに頼ってばかりいた自分。
最初の頃は遠慮していたけれど、恋人になる頃には忘れてしまっていた。
「あなたといるだけで、仕えられるだけで幸せです。ご主人様」そんな言葉に、甘えていた。
「あのさ、膝枕ってアイデアかりていいかな」
「おう、いいぜ−−しっかりお返しして来いよ」
親指を立てる彼に、しっかりと頷いてみせる。
今日は、頑張っているクロアに膝枕してあげよう。そんなことを僕は考えていた。
−−
「−−と、いうわけでさ。お返しをしたいんだ」
「ご主人様……本当に、よろしいのですか?足とか痺れてしまいますよ?」
「うん、それでも。さ。君を僕は膝枕したい−−ダメ、かな」
「も、もう……その顔は反則です!ご主人様」
そろり、と頭を差し伸べるクロアの下に、僕の膝を添える。
ふわりとした感触と彼女の体温がズボン越しに伝わって、なんとなく嬉しくなって、僕は自然と笑顔になった。
視界に映るのは、彼女の可愛らしい顔。
碧色の瞳が、こちらを不安そうに−−それでいて、どこか満足したような表情で見つめていた。
「髪、撫でても良いかな」
「はい、ご主人様−−お好きなだけどうぞ」
許可をもらって、彼女の髪を撫でる。
いつも、クロアにされていた事だ。彼女の羽毛に覆われた手で撫でられた心地よさをを思い出しながらさらさらの髪に手ぐしを通すと、お互い、満足げで小さなため息が漏れた。
「クロアの髪、綺麗だね」
「……くぅん」
「いや、全部が綺麗だと思う−−かな。髪も、瞳も、身体も、心も−−全部、大好きだ」
こしょり、と首元を撫でながら。囁く。
言葉は本当に自然と浮かんできた。
きっと、僕がずっと、クロアに想ってきた事だったからなのだろう。
「そ、そんな……ごしゅじん、さまあ……」
桃のようにピンク色に上気する肌を見せて恥ずかしがる彼女は。本当に可愛かった。
そんな彼女をただ、僕は撫で続けた。
−−
「ご主人様……」
どれほどの時間、こうしていただろうか。
僕の膝の上で、クロアは静かな寝息を立てていた。
寝言で僕のことを考えてくれるのが分かって、どこかこそばゆい。
「くぅ……」
どこまでも、安らかな寝顔。
そういえば、彼女の寝顔を見るのは、初めてだった。
いつも、僕より早く起きて、遅くに寝るのだから。
「いつも、ありがとう。クロア」
僕はそんな彼女の寝顔に。小さなキスを落とした。
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