『拝啓 イチロク様
以前お手紙を送った時から随分と時間がたってしまいましたが、いかがお過ごしでしょうか。私は元気に日々を過ごしています。
季節が分かりにくいこの街でもやや暑さを濃く感じる時期となりましたので、先日から夏服を着用するようになりました。同僚たちはみな露出の多い格好を好むので、必要な部分の防護を怠って事故を起こさないために注意して回っております。
以前、後輩の引越しについて、ご相談に乗っていただきありがとうございました。
私は仕事の性質上、まずマインリーの地下を出ることがないため、適切なアドバイスが出来ず悩んでおり、貴方のおかげでちゃんと先輩の威厳が保てたようです。
先日、紹介していただいた『アリさん引越し社』に後輩達と行って来ました。
丁寧な対応と、仕事ぶりがとても印象に残る良い事務所でした。
これなら、きっと良い家を建ててくれると思います。
同封したのは、その時の帰り道に摘んだカスミ草を押し花にして栞にしたものです。
少し地味なお花ですが、私のお気に入りの花です。
もしよろしければ、使ってくれると嬉しいです。
……』
「ええと、文章おかしくないよな……」
やや滲んでしまったペン先を慌てて紙の上から外しながらあたしはポツリと呟いた。
テーブルに置かれたランプの明かりの元、書き途中の手紙に目を走らせる。
今年に入ってから毎週のように書いてきたはずだけど、不安は中々消えてくれない。
失礼な文章になっていないか。
字の大きさは適正だろうか。
相手の人は喜んでくれるだろうか。
元々文章とは縁のない生活を送ってきた身だ。勘違いでとんでもないことをやらかしてる可能性だってある。
左手側に積まれた紙束はそんな不安が具現化したもの……即ち書き損じの山だ。
少しでも気を抜くとドワーフ丸出しな右肩上がりの角ばった文字になってしまう癖が大きな原因だった。
……とはいえ、ドワーフに産まれたおかげでこうして器用に文字を偽装することができるのだけど。
「もらって、くれるよな」
手元に置いたカスミ草の栞に、軽く手を触れる。
先日外出したとき摘んだ花を押し花したもので、二枚作った栞の片割れだ。
もう一枚は、あたしの読みかけの本に挟まっている。
手紙越しの彼が使ってくれたら、おそろいである。
「−−ったく、あたしらしくないな」
自分の言葉を誤魔化すように苦笑して、あたしは頭の後ろをぽりぽりと掻いた。
−−−−−−
「よいしょおっ!」
狭い坑道の中、魔界銀の鉱石を満載したトロッコを押す。
あたしの体重よりはるかに重いし大きいけど、慣れた物だ。軋むような音をあげながらトロッコが動く。周囲を見ればドワーフやサイクロプス、ジャイアントアントなどの魔物たちと人間の鉱夫たちが協力し、熟練の手つきで採掘を進めていた。
これがあたしの住んでいる街、マインリーの日常風景。
旧魔王時代のころは人間の鉱山として栄えたここは、幾度とない出水や落盤、粉塵などの無秩序な採掘による被害に悩まされていたという。
時代の転換点となったのは、新しい魔王様の時代になってからだ。
当時の鉱山の責任者である人間がここで働く人間のため、進んだ技術を持った魔物と組んでの大改修計画を立てたのだ。
そして行われたのは鉱山の専門家たるドワーフたちの総力を持った大改修。崩れた地盤を固めなおし、出水を予防する薬液。塵肺を予防するための魔術陣。光源としての魔術燭台と蛍光石の導入と当時最新の技術を惜しげもなく投入したのだ。
結果として、人間と魔物たちが手を取り合って働く鉱山の街が完成したのだ。
今では街の機能すら鉱山の中に入れてしまった洞窟の街である。
「よし、こんなもんか!」
何度も何度もトロッコで往復することで全ての鉱石を運び終えた、あたしは一息をついた。
太陽が見えないおかげで時間が分かりにくいけど、腹時計がきっちり昼間を伝えてくれる。
さらにもう一つ、あたしに昼食時を伝えてくれる存在がいるのだ。
「あのう、すいません。アレンにお弁当を持ってきたんですが」
「おっ!マリーちゃん!今日も健気だねえ」
「だ、だって、アレン君……じゃなかった、アレンのお嫁さん……ですから」
大きなバスケットを持っておずおずと近づいてくるトロールに笑みを見せると、彼女ははにかむように笑う。頭の上に咲く向日葵がゆらゆらと揺れた。
彼女はこの鉱山で働く後輩−−アレンの新妻であるマリーだ。
幼馴染だった彼女は結婚する前から毎日毎日お昼時になると彼のために弁当を届けにやってくるのだ。結婚してから彼女が
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