「ふぅ。 今日の腹筋と腕立ても終わりと」
大学生である川内 要(せんだい かなめ)は日課である鍛錬を終え、小さく頭をかいた。
大学に入ると暇だ、と先輩が良く語っていたのを思いだすが、まさか本当にそうだとは思っていなかった。
授業を聞いて、ノートをちゃんととり、課題をこなす。テストは課題をちゃんとやって事前に勉強するだけだ。よっぽど怠けない限り特に問題は無い。剣道部であったころの日課をこなす余裕まである。
「暇だし、外に出て太陽でも浴びてくるか」
一人呟いて、外に出る。世はゴールデンウィーク。長い休みである。
休みの日だと気を抜いて家から出ない日すらありうる。意識できるならこうして外に出るのは大事だ。
「おお、今日も元気だなあ」
家の外にでると、大きな爆発の音。
鹿児島県名物。桜島が目の前で元気に噴火をしていた。
産まれたときから爆発していた火山だ。もはや生活の一部である。
「う、うわっ!?」
(あの人、やけに驚くなあ)
故に、目の前の女性が、やけに驚いていた理由に気がつくまでしばしの時間がかかった。
「ば、ば、爆発!?ニホンってこんな怖いトコなのか!?」
「あのー」
「ちょ、ちょっとオマエ!?アレ爆発してるよな!?」
「ああ。元気ですよね」
「大丈夫なのかよ!爆発だぜ!?」
「んー大丈夫じゃないですかね。いつもボコボコなっていますし」
「す、スゲエ場所だな、ニホン……」
長い髪が特徴の、背の小さな女性だった。
日本人ばなれした大きな蒼い瞳が、不安げに揺れていた。
(やっぱり、他所から来た人か)
どこの国かは分からないけれど。きっと遠くから来たんだろうことだけは分かった。
「げほ、げほっ……目が、目が……」
「だ、大丈夫です?」
咳込む女性に、不安げに声をかけつつ、要は空を半眼で眺める。
桜島の爆発で、撒き散らされる火山灰は中々にやっかいだ。服が白く染まったり、気道に引っかかったり。それこそ眼に入ったりすると洗わなければならなくなる。
知らずに過ごしていたであろう女性は、眼からボロボロと涙を流していた。
「とりあえず、家で眼、洗います?案内しますよ」
「い、良いのか?……恩にきるぜ。ホントに」
「まあ、他所から着た人ならそうなるでしょうし。悪い人かどうかはその時に考えるとします」
「……悪い、か」
一瞬びくりとする女性に気付かず、要はくるりと彼女に背を向ける。
「あ、そういや。すまねえ」
「どうしたんですか?」
「名前、名乗ってなかったな。折角、招待してくれたんだからよ。このあたり来たばっかで分かってないにしても失礼だった」
「あ、ああ。そうですね。俺は、川内要。……大学生?で良いんですかね、多分」
「アタシは、国眼 瞳(コクガン ヒトミ)っていうんだ。種族は……いや、何でもねえ」
(種族……?)
種族、という言葉の次に、彼女が話した言葉を要は聞き取れなかった。
ゲイ、何とか。
きっと人種か何かの聞き間違いだと勝手に自分を納得させる。
「コクガンでも、ヒトミでも好きによんでくれ。センダイ」
「じゃあ、コクガンさん、これからよろしく……その、やっぱり外国から来たんですか?イギリスとか、そういう」
「うーん、いや。イギリスって国ではないな。そもそも知らねえし。なんつーか。遠い場所だ。日本語もならったばっかだし。敬語とか無理の極みだ」
「ああ、はい。……なら、敬語使わないほうが良いですかね?」
「そっちの方が、気が楽だな。母国でアタシのことを敬語で呼ぶ奴なんざいなかったし」
振り返った女性は、にししと口元を三日月のように歪めて笑って見せた。
真っ白な歯が、口の端からこぼれる。
「へぇ…なんというか、フレンドリーな国なんで…なんだな」
「うーん、馴れ馴れしい奴は間違いなく多かったな」
首を傾げる瞳。
その表情から、どんな国だったのかを推し量るのは難しそうだった。
「−−で、すまねえが」
「……?」
「そろそろ、眼を洗える場所が……」
彼女の目からは、火山灰の刺激により涙がぼろぼろと溢れ出していた。
さらに、白目までもが見事に真っ赤になっていた。
「あ、あぁ、こっちこっち!」
急いで歩く川内に。
「その、一つ頼みがあるんだがよ」
「はい?」
「顔洗うとこ、できれば見ないでほしい。化粧とか、色々あるからさ」
「ああ、いいけど」
彼女は、一つ。頼みごとをしたのだった。
−−
「……ふう、目が真っ赤だぜ」
川内の家の洗面所。鏡を見ながらゲイザーである瞳は小さくため息をついた。
鏡に映るのは、真っ赤に充血した一つ目である。
さっきまで変身
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