おさんぽ


「優衣、今日は君に渡すものがあるんだ」
「わたすもの?」
「ああ」
 ある休日の昼下がり、通販の伝票を確認した恭一は、ダンボールの蓋を開けた。
 中に入っていたのは通販で注文していた女物の服一式だった。肌着からジャケットまで一通り、優衣のサイズのものが揃っていた。
「今まで、悪かった」
「?」
 恭一は首を傾げる優衣に頭を下げた。
 今まで彼女の服といえば、あのトラックで着ていた病人服、もしくは恭一の持っていた服のお古くらいだった。当然ブラなどはないのでボタンを外せばその大きな乳が露出してしまうし、下着も当然のごとく男物だった。
 間違いなく女性に対してとる行動としては最悪だろう。
 今まで通販という頭がなく女性用の服を買うのを躊躇っていた恭一は深く反省していた。
「とにかく、これからは気に入ったものを着てくれ」
「・・・・・・これで、いい」
 ダンボールから出した服を見せる恭一に対してかえってきたのは、予想外の返答だった。
 さっきまで優衣がしていたように首をひねる恭一にたいして、彼女はぎこちない笑みを作って見せる。
「これ、きょういちのにおいがするから」
 真っ赤になる恭一に対して、優衣は、愛しげに着ていたシャツを抱きしめた。薄いシャツの布越しに、ふるりと彼女の柔らかい乳が揺れる。
「いや、でもそのままの服だとどこにもいけないし……」
「どこにも、いけなくても。きょういちがいればいい」
 優衣は誘惑するように恭一の肩に頭を寄せた。冷たい彼女の体温が薄いシャツの布越しに伝わる。彼女特有の甘い芳香が恭一の嗅覚をくすぐった。
「ダメ、だ。今更だけど女の子はちゃんと服を着るべきだし……それに、その服装で居るのがバレたら疑われちゃうから。頼む」
 その誘惑に思わず良いよといいたくなる気持ちをぐっとこらえて恭一は手を握り、優衣のぼんやりとした瞳を見つめた。
 言葉通りの今更だが、それでもやらないよりはましだろう。
「……わかった」
 恭一の真剣な表情に、優衣は小さく頷く。
「だけど、きかたがわからないから、おしえて?」
「……う」
 そして直後の言葉に、恭一は小さく頭を抱えることとなった。
 しばらくの間ブラと格闘する羽目になったのは言うまでもないことであった。

−−


「きょういち、ほんとにいいの?」
「ああ、外に出てみたいって言っただろう?」
 夜の闇の中、二人で住宅街を歩く。
 たどたどしく歩く優衣の手を、恭一が引く形だ。
「それに、服をちゃんと着てればこんな真夜中だし、ちょっとくらいばれないと思う」
 優衣の冷たい手が、恭一の暖かな手と絡み合い、お互いの体温を分かち合う。
 彼女とともに過ごすようになってから既に一ヶ月。恭一は彼女の冷たい体温にふれても、全く動じずに握り返せるようになっていた。
 初めは優衣の死を実感するそれが、今では彼女の実在を証明するものだ。
 恭一はそう考えるようにしていた。
「……ありがと」
 小さくうつむいてぽつりと彼女は呟いた。
「いや、いいんだ」
 切欠は、些細なことだ。数時間前に安アパートの窓から外をみて、ぼんやりと言った優衣の言葉である。
「ここからだと、ほしがみえないね」
 元々、天文部だった優衣は星を見るのが好きだった。癌になって、病院に入院するようになってから天体観測が出来ない悔しさをしばしぼやいていたことを恭一は思い出していた。
 あの頃は、彼女の身体が星を見ることを許さなかったが、今だったら自分が気をつければ良いだけの話。恭一は周囲を注意深く見回しながら優衣の手を引いた。
 数分間の移動、誰にも会わずに恭一たちは目的の場所にたどり着いていた。
「ついたよ。優衣」
「ここは」
 それは、近所の浜辺であった。
 鼻をくすぐる潮風の香り。波が寄せては返す静かな音が夜闇に響く。
「……きれい」
 そして、満天の星が地平線まで広がっていた。
 都会の空、しかも湿度が高い夏の観測。雲ひとつない夜だが天体観測に向いているわけではない日。
 それでも、瞬く星々は美しかった。
「ああ、綺麗だ」
 夜空をぼんやりと見上げる優衣に釣られるように、恭一も空を見上げる。
 思えば、彼女が入院してからまともに空を見上げたことがなかった。天体観測に誘われるたびに、星が見られない優衣のことを思い出してしまっていた。
「あれが、なつのだいさんかくけいかな」
「うん、デネブ、ベガ、アルタイルだと思う」
 天の川を隔てて、煌く三つの星を指差す優衣に恭一は頷く。
「じゃあ、あれがおりひめと、ひこぼしだね」
 アルタイルと、ベガ。
 彦星と織姫。
 一年に一度しか、遭えない二人。
「わたしは
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