「きょういち。おはよう」
声帯の奥に引っかかるようなたどたどしい声と、身体に圧し掛かる重さで恭一は目を覚ました。
目を開けると、ぼんやりとした瞳が恭一を覗き込んでいた。
「おはよう、優衣」
優衣を引き取ってから、三週間の時が経った。
その間、優衣は簡単な単語なら話せるほどの成長を遂げていた。
ゾンビが成長すると言う話を女から聞いては、本当にここまで成長するとは思っていなかった。
優衣がゾンビになってからはじめて喋った言葉は『きょういち』だった(とはいえ、かなりたどたどしい発音だったので『みょういてぃ』と聞こえるような奇妙な発音だったが)。それを聞いたとき、恭一は静かな達成感、そしてどことない背徳感を覚えたものだった。
「きょういち、ごはん」
「ああ」
くう、とお腹を鳴らす優衣に苦笑しつつ恭一は自らの肉体を晒す。その動きは最早慣れたものだった。即座に喰らいつく優衣の頭をよしよしと撫でる余裕まである。
『ゾンビの成長!
ゾンビちゃんは愛情を持って接すればどんどん綺麗に成長していきます。
ポイントはご飯。毎日ちゃんと貴方の精を与えましょう
魔力源となる精が増えればそれだけゾンビちゃんの成長は早くなります!
もしかしたら、生前の記憶だって思い出せるかも』
「成長、か」
マニュアルの記述を思い出しながら、恭一は優衣の頭を撫でる。恭一の性器に喰らいつく彼女の目は未だに薄ぼんやりとしたままだった。
この調子で彼女が育てば、きっとこの目には知性が宿るのかもしれない。
その時を想像して、恭一は小さく身震いした。
今、優衣が自分の隣に居てくれるのは、恭一の事しか知らないからだ。もし知性が宿ったら、その上で記憶が戻ったとしたら。彼女は恭一のことをどう思うかそれは、分からない。死の静寂を妨げた最悪の男と呼ぶのだろうか。もし、そう呼ばれた場合、自分はどうなってしまうのだろうか。
「むずかしいかお、してる」
「あ、ああ」
不意に、顔を上げた優衣を見て、恭一はなんでもないよという風に笑った。今の優衣は自分のことしか見ていない、それで良いじゃないか。そう考えを改める。
優衣の瞳には、恭一のぎこちない笑みが写っていた。
−−
「最近、どうしたんだ?」
「え、どうって?」
放課後、帰り支度をしながら天文部の友人である佐倉公平の言葉に恭一は首をひねった。
「いや、篠原先輩が死んでからお前がおかしくなったのは知ってる。けどさ、最近のお前は部活にも顔出さないし毎日直帰ばっかじゃないか。どっかに遊びに行ったり誰かとはなさないと心が腐っちまうぜ?……もし何かうつ病とか病気だったら病院に行かなきゃだめだ」
公平の表情は、真剣に恭一のことを案じて居る物だった。
いいやつだ、恭一は心の底からそう思った。
「……いい。間に合ってる」
しかし、まっすぐ帰る理由について話すわけには行かなかった。
家で待っている優衣の事を話す事はできない。見つかったら自分は間違いなく事件に巻き込まれるだろう。逮捕の可能性すらある。
間違いなく、優衣と一緒に居ることは出来ない。恭一はそう考えていた。
「間に合ってるってなあ……。ホントに良いのか?遊びに行くんだったら付き合うぜ」
「すまないが、本当に大丈夫だ」
公平との会話を遮るように恭一は言葉を切り、椅子から立ち上がる。
ボロをださないために、彼女と一緒に居るために。下手なことは口にしないべきだろう。
「ごめんな」
「恭一……」
公平に頭を下げて、廊下に出る。
そうだ、今までばれなかったことが奇跡的なのだ。
公平だけではなく、アパートの大家さんや隣人だってそうだ。たまたま、隣人が長期の旅行に行っているから、内部で音を立てても訝しがられずにすんだのだ。これからは、そうは行かないだろう。
彼女との生活を、できるだけ長く続けるために何をすべきか。
アパートへ戻る恭一の心は、その一点に絞られていた。
−−
「……きょういち、これは?」
「口枷、だ」
後ろで見ている優衣を尻目に恭一は棚からもらい物のタオルを取り出した。
以前、「落ち込んだときはとりあえずエロだ!」と公平が貸してくれた官能小説に書かれていたものだ。
タオルを結んで、結び目を彼女の口に当てる。普段から口を使う彼女を見ていたのだ、それはぴたりと彼女の口にはまり込んだ。
「う、う」
何をしているのか分からないといった顔で、首を傾げる優衣。
恭一が思いついた対策は、とりあえず声を上げさせないというものだった。
多少物音がしたとしても、自分がちょっと寝苦しくて暴れたとか、ラジオでひいきの球団が負けたので暴れてし
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