「−−やめてくださいっ!」
「……!?何で……」
奴が突き出したナイフは、洋子を庇おうとした私ではなく。
私を庇ったメイド服を着た少女の腹部に突きささっていた。
「が……はっ……」
荒い息をつく少女。
腹部に刺さったナイフは、刃が見えないほど深く通っており、傷口からじわりと滲んだ血が、彼女の服を朱に染めていく。
「ち、違う、違うんだっ俺は……!ただあいつを殺そうとしただけで……」
男−−私の義理の弟であり、突き刺した張本人はなにかをわめきながら走り去っていくのが見える。
後を追いたい衝動を堪えながら、携帯を取り出してなんとか119をコールする。
どうして彼女がここに居るのか。
一度しか応対しなかったはずの私をどうして庇ったのか。
どうして−−あんなに酷いことをいった私を、護ったのか。
様々な考えが頭の中をよぎっては消える。
「……良かった」
「喋らないで。傷に障ります」
少女が呟いた弱弱しい一言で、現実に引き戻される。
腕時計を確認したが、まだコールしてから1分もたっていなかった。
救急隊が到着するまで大体数分間。
ナイフによる刺し傷は素人が触って良いものではない。下手に抜いたりしたらそれだけで命に関わる。
助けがくるまでの数分間の時間。それがやたら長く感じてしまう。
「……おじさん、この人は助かるよね?」
洋子が、私の袖を掴む。
今まで感じたことのないほど強い力だった。
「お母さんみたいに。私のせいで、死んだり−−しないよね?」
「……洋子」
不安げに私と少女を交互に見つめる姪の頭をくしゃりと撫でる。
さらりとした黒髪が、手に触れた。
それから数分間の間。
救急車が到着するまで洋子は私の袖を放そうとはしなかった。
−−
「命に別状はありません。縫合も終わったので数日間入院すれば問題ないでしょう」
「……よかった」
女医の言葉に私はほっとため息をついた。
ここで、彼女が死んでしまったら−−洋子はきっと自分を許すことができなくなってしまっただろう。
そしてそれ以上に私は自分を責める事になったと思う。
「ーーありがとうございました」
席を立ち、病室を後にする。
しばらくは面会することもできないだろう。
患者に必要なものは、うるさい看護ではなく、適度な静寂だ。
「久しぶりだな」
どんなものがお見舞いの品として良いか、また、傷害事件として処理するならどのような責任が発生するか。
考え事をしながら歩いていると、不意に声をかけられた。
以前同じ大学の悪友だった男だった。
そして、私に『ロミ・ケーキ』を勧めた男でもある。
一見まともな見た目をしているが、中身は中々の残念である。
「−−あれ、どうしてここに?」
「いや、事件に巻き込まれたって聞いて飛んできた」
「そうか……でもお前の助力は要らん」
「ひっでえな、それが久しぶりに会った友人に言う言葉かよ」
「だが断る」
「……ったく相変わらずだな」
「お互い様だ」
「−−まあいい」
友人は小さく舌打ちをすると、どかりと近くのベンチに腰掛けた。
そしてぽんぽんと隣を叩く。
座れ、ということらしい。
こうなった友人は厄介だ、素直に隣に腰をかける。
「−−で、何の用だ。単純に心配してきたとは思えないが」
「ち、そうだよ。……ロミ・ケーキのキキーモラちゃんに頼まれてきた」
「キキーモラ?」
予想外の名前が出てきておもわず聞き返す。
キキーモラ。たしか、ロシアの民話にでてくる妖精だったはずだ。
「ああ、あそこにはキキーモラが居るんだ」
「帰る」
「……ちょっと待て」
脱出しようとして、肩をつかまれる。
振り返ると、彼は何時になく真剣な顔をしていた。
ここ数年で見たことのないレベルで。
スクール水着は旧式に限る、だから一緒に買いに行こうとせがんできたときの顔と同じだった。
古きよきブルマを復活させよう署名を頼んで来た時の表情でもある。
「−−キキーモラはいるんだ。というかサキュバスとか魔物全般」
「ついに脳がいかれたか」
「ありのまま、今起こっている事を話しているだけだ」
「……はあ」
ため息を一つついて立ち上がる。
正直、ついていけない。
そして、再び肩をつかまれた。
中々にしつこい。
「良いから聞けって。メイド喫茶だってなんだかんだ良かったんだろ?」
「……五分だけ聞く。正直疲れてるんだ」
「わかった。信じられないかもしれないが、語ってやる−−この世界とは別の世界があってだな……」
「……」
それから、15分にわたり彼のダイムノヴェルのような話を聞き続ける事になった。
こことは別
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