中編


「お帰りなさいませ、ご主人様」
「あ、ああ−−」

 普段と違う出迎えにぎょっとしつつも頭を下げる。
 いつも通り、姉と良く似た彼女が出迎えてくれるものと思っていたが、私を出迎えたのは小さな黒髪の少女であった。

「本日は担当の者が風邪のため、わたしが代わりにご主人様に仕えさせて頂きます」
「なるほど、そういうことだったか……」
「はい、至らぬ身ですが……」
「いえ風邪であれば仕方のないことだと思います。お大事にと伝えてください」
「−−承知しました。お伝えしておきます」
 
 案内されるままに、いつもの席に着く。
 彼女がいないということに寂しさを感じる自分と。
 彼女がいないとほっとする自分が居ることに気づき、思わず口元を押さえた。

 姉に似たメイドさんーー。
 彼女と過ごす時間は楽しい。
 かつて夢見ていた事の、相似。
 もし、血が繋がっていなければ。もし、心を素直に語っていれば。
 「ただいま」といえば「おかえり」と言ってご飯を作ってくれる、彼女がいる。
 そして、自分を見てくれる。

 ……首を振ってその考えを追い出す。

 姉は姉、メイドさんはメイドさんだ。
 見ず知らずの他人を重ねると言う事は、不謹慎に過ぎる。
 まして、ソレを想起させる彼女が居ないという事にほっとするなど。
 許されるはずもない。

「あの、ご主人様−−どうかなさいましたか?」
「なんでもない−−大丈夫、です」

 顔を上げると、小さな少女が私の顔を覗き込んでいた。
 黒髪の間から、紅い瞳が心配そうに揺れている。

「−−そう、ですか?」
「ああ、大丈夫」

 彼女に答えるように無理やり笑顔を作ったが、引きつった顔になっていた。



−−


「お待たせしました『魔界風オムライス』となります」
「−−ありがとう、いただきます」

 運ばれてきたオムライスを前に小さく礼をする。
 最近流行っている上から卵焼きを載せる形ではなく、きちんと卵に包まれているそれにスプーンを入れると中に入っていたチキンライスの赤が目に鮮やかだった。
 炒められぱらけた米粒と具、半熟卵を口に入れると懐かしい味が口いっぱいに広がる。

「美味しい」
「ありがとうございます」
「凄く、懐かしい味がする」

 チキンを名乗りながら入れられているベーコン、そしてしめじに良く炒められた玉葱。
 かつて姉が作ってくれたものと、寸分変わらない味。
 「チキンライスなのに、どうしてベーコンなんだろう」そう、姉に問いかけて困らせてしまった思い出が蘇る。

「−−どうして、この味を?」
「彼女からレシピを教えていただきました」
「なるほど……」

 少女の言葉に小さく頷きを返しながらも、心の中で首をひねる。
 どうして、彼女は私の姉のレシピを知っているのだろうか。

「わざわざ、そこまでしてくれるのか」
「ええ、メイドですから」

 だが、理屈は何であれその料理は。
 間違いなく私に幸せな幻想を見せてくれる。

 敵わなかった、欲望を。

「−−ありがとう」

 オムライスの最後の一口を胃の中に収めて、席を立つ。
 手をつくと、かたりと机が揺れた。

「すみません−−次回の予約なのですが」
「はい、何時ごろになさいますか?」
「なしで、おねがいします」
「……なし、ですか?」

 少女は驚いた様子で紅い瞳を丸くさせていた。
 無理もないだろう、ずっとかよっていた人間が急に来ないと言い出したのだ。

「その、わたしが何か酷いミスをしてしまったのでしょうか?」
「ーーいや、そんなことはないんだ」

 少女は不安げにぎゅっと手を握る。
 罪悪感が巻き起こるが、言わなければならない。
 このまま、この店に通い続ける限り私は幸せな時間を過ごすことが出来る。
 だが、それは逃避に過ぎない。
 誰かに自分のイメージをおしつけ、一時的に代役を演じさせる、そんな行為が最低だという事は分かっている。

「ただの、一身上の都合です」

 逃げるなら、彼女−−あの、メイドさんがいないうちに。 
 でなければ私はまた、次も来ると言ってしまうだろうから。

「あの子に、ありがとうと……伝えて置いてください」
「……っ」

 勘定を済ませ、悲しそうな顔をする少女から逃げるように店を後にする。
 玄関先まで追いかけられる気配がしたが、振り返るのが怖くなって、私はその日、うつむき加減で帰宅した。


−−

「ねえ、おじさん。今日もお出かけ、行かなくて大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ」

 洋子の言葉に頷きをかえす。
 メイド喫茶に通わなくなって数ヶ月がたった。
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