「ああー、畜生。生きた心地がしねぇ……」
キャサリンとの一対一の対決もどうにか切り抜け、中央広場から少し離れた所にある民家で俺は息を潜めていた。幸いな事に民家の中は誰も居らず、恐らく此処に居た住民も俺を探しに外を彷徨っているのだろう。態々御苦労なこった。
正直言うと、俺もまさかキャサリンを前にして逃げれるとは思わなかった。というか、あの魔法を目の当たりにしながらもよく逃げ切れたものだと自分で自分を褒めたいぐらいだ。
ここからナハトの外へと出れる門に辿り着くまで、十キロも無いだろうが……それでも十分に遠い距離だ。特に追われる身となれば尚更だ。
出来ればアンデッド族が苦手とする朝日が昇るまで此処で落ち着きたいが、そうはいかない。きっとゴースト達が先程みたいに壁を通り抜けて、家の中から狭い路地に至るまで全てを探し尽くすだろう。
その前に何としてでもナハトを脱出しなければならない。可能な限り迅速にだ。
「さて……そろそろ行くか」
民家に逃げ込んで一分と経っていないが、これ以上居続けるのは自分の危険を大きくするに等しい。こんな場所からさっさとおさらばして、何時も通りの暮らしに戻りたいもんだぜ。
そう思いながら俺は腰掛けていた椅子に手を当てて立ち上がろうとしたが、そこでふと思い出した違和感を呟いた。
「それにしても……妙に座り辛い椅子だな」
逃げ込んだ民家の広間にあった横長の椅子はやけにゴツゴツしており、座り心地が最悪なのだ。既に痛覚を失ったアンデッド族に椅子の座り心地は必要ないからどうでも良い事なのかもしれないが、それを抜きにしても座り辛い。
「背凭れの無い横長の椅子か。珍しい程のもんじゃないが、一体何の材質……で……」
この椅子が何の材質で作られているのだろうかと思いながらペタペタと素手で触れていたが、今まで降り続いていた雨が一時止んだのか薄ら明るい月明かりが窓から差し込み、暗闇一色だった部屋の中が仄かに照らされた時、俺はとんでもない勘違いをしていた事に気付かされた。
腰掛けとしては丁度良い高さだったからてっきり椅子かと思いきや、俺が座っていたのは石だった。しかも、石は石でも只の石ではなく石棺……棺桶の一種だ。真っ暗で見えなかったとは言え、それに尻を乗せて堂々と座っていた自分にゾッとする。
だけど、幸いにもゾンビやグールは全員外へ出払っている。ここで座っていた事なんて彼女達が知る由も―――――いや、待てよ。何かが引っ掛かる。この石棺は彼女達が眠るベッドみたいなものだと決め付けていたが、よくよく考えたら変だ。
「何で木棺じゃなくって石棺なんだ?」
そう、棺は棺でもゾンビやグールが眠る棺は石棺ではなく木棺ではないだろうか。もしくは地面の中か。どちらにせよ、あくまでも俺の独断的な考えだが。
それにこの石棺、明らかに俺が生まれ育った国とは異なる文化に基づいて作られているであろう事は疑う余地はない。その証拠に石棺には見た事も無い、独特の彫刻が掘られている。この棺は一体何処の国で作られた物なんだと疑問を浮かべていると、不意を突かれたかのように俺の脳裏に数時間前に交わしたキャサリンの会話を思い出した。
『あと少数だけどガーゴイルとマミーも居るわよ』
「まさか、この石棺は―――!」
脳裏で再生された会話のおかげで謎だったピースが埋められ、この石棺の正体を察した……のとほぼ同時だった。ガゴンッと棺の蓋が独りでに音を立てて開き、中から一人の女性が現れた。
頭から足の先に至る全身に包帯を巻き、包帯の僅かな隙間から覗く褐色肌。紛れもなく、それはマミーと呼ばれる砂漠にしか生息しないと言われている魔物娘だ。石棺から出て来たばかりだからか、少し眠たそうな気だるい瞳をしていたが、暫くしたら他のアンデッド族と同じ男を狙う魔物娘の目に変化していく。
キャサリンから聞かされていたが今さっきの広場で見掛けなかった事もあり、すっかりこいつの存在を忘れていた。しかし、どうして今さっきの大捕物にマミーの姿はなかったんだ? 数が少ないから気付かなかったのか、それとも……と考えていると石棺から出て来たばかりの彼女はくるりと振り返り、広間のすぐ隣にある部屋に向かって一言。
「みんなー、男の人が居るよー」
「……へ?」
皆って、どういう意味だ。今さっき彼女は石棺から出て来たばかりだ。だとすれば、俺がナハトの住人に追われている事実は知らない筈だ。まさか……と思って彼女が振り向いた先を見ると、そこには立てられたり横になっている複数の石棺が確認出来た。
畜生、後少し早く月明かりが部屋を照らしてくれれば後悔しなかったのに……と心の中で月に対して恨み事を言うと、再び月は雲の中に隠れてしまい、程無くして大量の雨が降り始める。ああ、遂にお月様も俺を見限ったか……
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