『砂糖の森の一日』
人里から少し離れた穏やかな森、そこは見境無しに人間を襲う凶暴な魔物が住んでいなければ、無数の触手を蠢かすおぞましく禍々しい植物も生えていない。言わば平凡極まりない普通の森だ。
それでもこんな世界だ。森の中にはそれなりに魔物達が住んでいるが、どれもが大人しく人間に危害を加えようとする魔物は居なかった。性的云々については……言及しないでおこう。
それはさておき、その森の真ん中の拓けた場所にポツンと建った一戸建てのログハウスがあった。太い丸太や分厚い角材などで用いて作られた木の家は見た目は勿論、雰囲気的にも独特の自然的な温かみを感じられる。
そしてログハウスの扉の斜め上に掲げられた小さい看板には『シュガーフォレスト』……砂糖の森を意味する名前とケーキの絵が描かれていた。
そう、この建物はケーキ作りを営む洋菓子店なのだ。こんな森の中に何故洋菓子店があるのかと思うが、それはこの店に住み込みで働く一人の青年と一人の魔物娘がそうする事を望んだ結果だ。
では、その二人が過ごす森の洋菓子店の一日がどのようなものか見てみる事にしよう。
青年と魔物娘の朝は早い。太陽が東の果てから顔を出し始めるよりも二時間も早くに目を覚まし、お菓子の準備を始めるのだ。
「うんんーーー………はぁ」
ログハウスの二階にある寝室のダブルベッドにて最初に目を覚ましたのは青年の方だ。短いボーイッシュな黒髪、パッチリとした瞳とあどけない幼顔は見る人が見れば可愛いと思うに違いない。
しかし、その身長は軽く190を超えており、大抵の人間を見下ろせるぐらいに高いのだ。すると不思議な事に顔だけ見れば可愛いと思えていた青年が、高身長と言う特徴を付け加えられた途端一転してイケメンモデルのように見えてしまう。見えてしまうというのはあくまでも人間の主観や価値観によるものだが……魔物娘から見てもその考えは違わないだろう。
そして青年はダブルベッドの隣で未だに眠りこけている彼女を見て、フッと微笑む。熊のような……否、熊そのもののような茶色の毛深い手足と鋭い爪、そして半円形の耳。毛深いだの鋭いだのという獣のような特徴とは裏腹に、それの顔は大人しく純情そうな少女の顔であった。
そう、既に述べているかもしれないが改めて言うと彼女は人間ではない。熊の魔物……グリズリーという魔物娘だ。
熊と聞けば誰もが獰猛で人間をも襲うあの動物をイメージするだろうが、彼女や他のグリズリー達は違う。確かにグリズリーは熊を彷彿とさせる怪力と俊敏さを持ち合わせているが、平常時の彼女達の性格は極めて穏やかであり、ちょっとやそっとで攻撃したり襲ったりなど過激な行動は取らない。
……が、それはあくまでも“平常時”の時だ。ある事をすると凶暴化へと変わり果て、手に負えなくなるのだが、そのある事とは何かについては追々語る事にしよう。
未だにベッドで眠っている彼女の姿を見て、青年はそっと手を伸ばす。先っぽがボサボサというかモフモフしている彼女のおかっぱ頭に優しく触れると僅かにピクッと身動ぎ、『ううん』と寝言を呟いて反対側へゴロンと寝返りを打つ。
子熊がコロコロ転がる姿を思わせる可愛い仕草にもっと見ていたいという気持ちが青年の心にあったが、それでも仕事の時間が迫っているのだ。ここはグッと我慢して、彼女の肩を掴んで揺さ振り起こした。
「熊子ー、もうすぐで仕事の時間だよー」
「うゆ? もうそんな時間ですか〜……?」
熊子と呼ばれて起き上がったグレズリーは『ふぁ〜』と気の抜けた欠伸を一つし、未だに眠気を訴えて閉じようとする瞼をゴシゴシと左手で擦って無理矢理目を覚まさせた。まだ眠気が少し残るものの、それでも起きていられるのに十分の覚醒を得られた。
そして自分を起こしてくれた最愛の人間にニコリと笑みを向け、日も昇らぬが朝の挨拶を交わすのであった。
「ショー、おはよう」
「おはよう、熊子」
熊子はショーと語尾を伸ばしながら呼んでいるが、正しくはショウである。名前を見て分かると思うが、ショウは東洋のジパングという島国からやって来た東洋人だ。
実家が先祖代々から続く由緒正しい和菓子屋を営んでおり、ショウはそこの次男坊であった。三つ上の長男が店を受け継ぎ、ショウもその手伝いをするかと思われたが、彼自身はそれとは別の道に進みたいと家族に懇願した。
別の道……それはジパングという島国のみにしか存在しない和菓子だけを極めるのではなく、世界の甘味も極めたいというもの。
それは容易な事でない事ぐらいショウだって百も承知。彼の家族もショウに何度も世界に挑戦する厳しさや熾烈さを強調して訴えたが、ショウはビクともしなかった。寧ろその瞳に熱意と意欲の炎が迸っていた。
家族の中でも自分を貫く頑固者として有名なショウのやる気に父
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