魔物アプリ……アリス編

「おつかれー」
「おつかれっしたー」

 日が暮れても蒸し暑さがしぶとく残る六月下旬。東の空から夜闇が遡上し、それに合わせて都会の街並みがイオンの装飾を纏い始めた頃、廃ビルの解体工事に従事していた筋骨隆々の男達が、近場に建てたプレハブ小屋を後にし始めた。
 従事者の大半は年季の入った中年男性ばかりだが、中には若さと血気に満ち溢れる若者の姿もあった。本田彰洋も、そんな若者の類に含まれる一人である。
 格闘技でも習っていたのか耳ダコが出来、そして鋭い眼差しを放つ目付きの悪さと相まって喧嘩っ早い印象を第三者に与える。
 されども短く切り揃えた黒髪や、太さと凛々しさを兼ね備えた眉などは生真面目な青年の印象を齎し、また鍛え上げられた肉体美と絶妙に合わさって絵に描いたようなガチムチという当たり障りのない雰囲気に収まっている。
 
「おお〜い、本田ぁ。今から呑みに行くんだが、一緒にどうだ?」

 一緒に働いていた中年男性がクイッと御猪口を口元に傾ける仕草をしながら気さくに声を掛ける。しかし、先輩からの申し出に対し本田は心底申し訳なさそうに眉を顰めながら軽く頭を下げた。

「すいません、ちょっと用事がありまして……」
「うん? 用事?」
「ええ、実は妹がウチに転がり込んできているんです。何か実家で大喧嘩したらしくって。で、その妹に付き合って日用品の買い入れをしなきゃなんないですよ。妹は田舎者ですし、この辺の地理なんてサッパリで……」
「はぁー、そりゃ大変だな。まぁ、そっちの問題が片付いたらゆっくりと呑もうや」
「ええ、その時は是非」

 大人らしい振る舞いで穏便に事を済ませると、本田は小走りで今度こそ帰路へと付いた。しかし、その内心は帰路へ付ける事への喜びと、中年男性の誘いを断った上に嘘をついてしまった事への罪悪感で激しく鬩ぎ合っていた。
 


 都会の喧騒から距離を置くように閑静な住宅街の一角に建てられた二階建てのアパート。良くも悪くも中古という言葉が似合う佇まいだが、中身は最新のIHキッチンやシステムバスなどが導入されており、またインターネットも完備されているので生活面において極めて快適と言えよう。
 本田はアルミ質の階段を三段跳びで駆け上がり、瞬く間に自分が借りている一室に辿り着く。彼自身は無意識だったが、その軽やかな足取りからは上機嫌さが垣間見える。されど、見方を変えれば逸る気持ちを必死に抑えようとしている風にも見える。

「帰ったぞー」
「おにいちゃん!」

 ガチャリッと扉を開けた直後、小さい子供が彼の逞しい腹部に抱き着いた。
 本田のことを『おにいちゃん』呼ばわりしたものの、その髪の毛はサラサラと流れるブロンドの長髪であり、とてもじゃないが日本人である彼と血の繋がりがあるとは思えない。顔立ちや皮膚や目の色も西洋人のソレに近く、身に纏っている衣装も不思議の国に迷い込んだ少女のようだ。
 しかし、子供にしては異常なまでに妖艶な色気を纏っており、それを肌身で感じ取った本田はゴクリッと固唾を飲み込む。が、己の内に燃え盛る情欲と上手く折り合いを付けると、彼は兄らしい笑みを口元に浮かべながら幼女の頭を優しく撫でた。

「ただいま、アリス」



 実を言うと本田彰浩に妹なんて存在しない。彼と血の繋がりを有しているのは両親を始め、実兄と実弟がそれぞれ一人ずつのみだ。しかし、現にこうしてアリスなる存在と出会ったのには理由がある。
 何処の誰から聞いたのかは忘れてしまったが、最近巷で噂になってる魔物アプリなるものを小耳に挟んだのがきっかけであった。その噂によると魔物アプリというゲームをクリアすると、特殊なメッセージが出てきて自分の願望にピッタリな恋人が出来る……というものだ。
 当初、そんな眉唾の噂など本田は歯牙にも掛けなかった。しかし、もしかしたら……という淡い願望も抱いており、それが魔物アプリをインストールさせる後押しとなった。
 そして彼がインストールしたのは『シスタープリンス』という可愛らしい名前のアプリゲームだ。内容は自分にとって理想の妹キャラを作り上げ、デコってデコってデコりまくって世界トップレベルのアイドルへ導くという一種のアイドルゲーだ。
 どうして彼のような無骨な男がアイドルゲーというマニアックなゲームをチョイスしたのか? その答えは単純明快、本田彰浩が生粋のロリコンだからだ。厳つい顔と筋肉マッチョで誤解され易いが、物凄く年下の女の子が大大大好きなのだ。
 どうしてロリコンになったのかはさて置き、そのシスタープリンスの中では様々な女の子――但し、人間ではなく魔物娘と呼ばれる亜人――が紹介されていた。小悪魔系アイドルのインプ、努力系アイドルの魔女、策士系アイドルのバフォメット、犬っ娘アイドルのコボルト等々。
 その中でも本田
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