イッツ・ア・スモールワールド

 魔界と人間界の境に規制も無ければ障害も無い時代だった頃、魔物と人間が共に生きるのも珍しくはなかった。
 人間が魔界で住むには色々と問題が多くて困難を極めたが、その逆に魔物が人間界で暮らすのには何の問題も無かった。寧ろ人間界に広がる自然に憧れたり、暮らし易さを覚えて住み着く者の方が遥かに多かった。

 やがて魔物の中には人間と手を取り合う者も居れば、利害の一致で共に生活をするなど様々な暮らし方を見付けては人間界に定住していった。

 パラッシュと呼ばれる小さい村もその一つだ。村に隣接する湿地帯にはミューカストードと呼ばれる魔物が生活し、村人達とは良好な関係を築いていた。魔物と言っても、この時代では其処等の女性よりも遥かに美しい姿をしているが。
 嘗てのパラッシュ村は湿地帯から発生する害虫などのせいで暮らしに適さない場所と言われていたが、彼女達が移住してからは害虫の被害は激減し、今では逆に湿地帯の環境を利用してキノコ等の農作物を栽培・出荷するまでに成長した。
 そして幾年も経てばミューカストード達との距離も必然と縮まり、彼女達の美しさや可愛さに惚れ込んで求婚を申し込む村人も居れば、逆に彼女達に気に入られて半ば強引に結ばれる村人が居たりなど、今まで以上の活気に村は包まれた。

 だが、共存が成り立っているからと言って全てが円満にいくとは限らない。魔物と人間という種族の違いが原因で衝突が生じる場合だってある。

 この日、一人の少年が村に隣接する湿地帯の中を歩いていた。丸みを帯びた顔立ちや大きく円らな瞳など、パッと見だけでも幼さが所々に残っているのがよく分かる。しかし、そんな幼さとは裏腹にボブカットの前髪から覗いている瞳の中には硬い決意が宿っている。
 湿った土を踏み締める度にぐちゃぐちゃと耳触りが良いとは言い難い音が鳴り、歩けば歩く度に湿気から来る蒸し暑さで額に汗の粒が浮き出る。何度も汗を拭い落しても、その都度湿気交じりの空気が肌に張り付き、結局は不快感を拭い落とせない。何とも嫌な悪循環だ、そう思いながらも少年は歩みを止める事はしなかった。
 か細い木々が乱立する湿林と生い茂る雑草群を抜けた先、辿り着いた場所は湿地帯のほぼ真ん中にある湖だ。それまで黙々と歩き続けていた少年は湖の縁で立ち止まると、微風で薄らと波立湖面を覗き込む。透明度の高い湖の水は穢れを感じさせず、その表面に自分の顔が綺麗に反射するのが何よりの証拠だ。

 そして少年が自分の顔が映った湖面と睨めっこを続けること数秒後、湖の底から何かが浮上して、水面を突き破る。現れたのは深緑色のショートヘアが似合う可愛らしい女性―――もとい、ミューカストードであった。
 流石に彼女達と長年共存しているだけあって、湖から現れたミューカストードを見ても少年は驚いたりはしなかった。但し、笑みも浮かべず何処か刺々しい不機嫌な雰囲気を纏っていたが。
 対するミューカストードは少年を見るや、嬉々とした満面の笑みを浮かべ、親しげに話し掛けた。

「何や、ケビン君やないのぉ。そんな不機嫌な顔してどないしたん? 何時ものむっつり助平なお顔やあらへんやん」
「むっつり助平は余計だよ! サラ姉ちゃん!」

 ケビンとサラは所謂幼馴染だ。ケビンが生まれた頃にはパラッシュの村人達とミューカストードが知り合ってから半世紀余りが経過しており、ミューカストードと人間が幼馴染になるという事は大して珍しい事ではなくなっていた。
 そのサラにむっつり助平呼ばわりされたケビンは顔を赤くしながら反論するも、思わず自分の素を出してしまった事で我に返ったのだろう。ゴホンと咳払いをするうと、遂さっきまでの不機嫌な態度へと戻った。

「それよりもサラ姉ちゃん、ちょっとお話があるんだけど……」

 ケビンの態度を不思議に思いながらも、話し合いの為に湖の縁から陸へと上がるサラ。
 蛙特有の黒とも茶とも取れる斑模様と、その下に広がる新緑の皮膚、そして腹部や手足の内側の白い皮膚が日の光に照らされてキラキラと目映い輝きを生み出す。まるで高級オイルでコーティングした甲冑みたいな美しさだ。
 水掻きの付いた手で頭髪に付いた水滴をサッと払い落とし、話を持ち掛けたケビンの隣に蛙座りのポーズでストンとしゃがみ込む。自分の隣に座ったサラをケビンは一瞥するが、すぐに前方へと戻し態と視界から彼女を外した。
 それがサラからしたら気に食わなかったのか、白い頬をぷぅっと蛙のように膨らましつつ寂しさを込めた視線を相手に送る。

「どうしたん、ケビン君。今日は何か釣れへんやんか〜」
「そりゃそうだよ。今日はお姉ちゃんに文句を言いに来たんだから」
「文句ぅ? ウチ、何かしたっけか〜?」

 ケタケタと笑いながら場の空気を和ませようとしたが、ケヴィンがそれに釣られるどこ
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