嘗て巷であるアプリゲームの存在が噂され、それを目当てに誰も彼もがスマホゲームにのめり込むという社会現象が起こってから丸一年余り。その噂は事実かどうかは確認のしようがないが、あの頃と比べて落ち着きは取り戻したかに見える。あくまでも表面上はそう見えるだけで、もしかしたら今でもアプリゲームを探し求めている人間がいるかもしれない。
当時の自分は噂のアプリゲームに興味が無かった上に、アプリ自体が何処にも見当たらないので単なるガセネタの一つだと決め付けていた。仮にあったとしても、肝心の“噂”は一片たりとも信用していなかった。
けれど―――それはとんだ大間違いであった。
「嘘……」
スマートフォンの画面から濃厚な紫煙が噴き出し、瞬く間に部屋中に充満していく。不思議と息苦しさもなければ、煙が目に沁みるという事もない。だけど、今目の前で起こっている現実離れした出来事のせいで頭が上手く働かず、その事実に気付くことは遂になかった。
やがて煙が薄れていき元の見慣れた部屋の光景が見えてくると、床に落ちていたスマホの直ぐ傍に見慣れぬ人物が立っていた。
女性だ。それも黒い布地に怪しげな紫色を取り入れた忍び衣装を身にまとった女性。しかし、胸や太腿(主に大腿部)の露出が激しい上に、女性の魅力的な肉体美も相俟って目のやり場に困ってしまう。これは性的な意味で目に毒だ。女性好きにとっては眼福かもしれないが、初心な僕にとっては強力な毒だ。
鼻から下は紫色の布地で隠されているが、それでも尚くっきりと見える顔のラインからして、彼女が絶世の美女と呼ぶに相応しい美貌を持っている事が分かる。恐らく男性が十人彼女の横を通り過ぎれば、十人とも間違いなく振り返るであろうぐらいの美女だと断言出来る。
そんな見目麗しい女性が何故か僕と同じ部屋に居る。
それを見て脳裏に過ったのは、一年前に幻と謳われたアプリゲーム……魔物アプリに関する噂であった。噂の内容は『ゲームをクリアしたら美しい女性を恋人にできる』という何とも胡散臭いものだ。当然そんな眉唾な噂など有り得ないと一ミリたりとも信用していなかったのだが、スマホから美しい女性が現れた現実を見る限り、もしかしたらガセではないかもしれないと思い始めていた。
☆
そもそも僕こと服部幸平が魔物アプリに出会ったのは今から半年前の事である。その頃は魔物アプリによる噂騒動も落ち着きを通り越して全く耳にしていなかったので、てっきりアプリの噂はガセネタで、信用している人間は既に居なくなったものだと思っていた。
ところが、スマホを通じたネットサーフィンをしていた最中、偶然にも魔物アプリを紹介するサイトを見付けてしまったのだ。当初は『何だこれ?』と軽い気分であるゲームアプリをダウンロードしたのだが、後々で調べてみると件の魔物アプリだと知って驚いたものだ。
因みに魔物アプリのサイトを紹介した方が良いかと考え、もう一度サイトを探そうとしたが既にサイトは消されていた。今になってよくよく考えてみれば、十分に不気味且つ怪しいと言わざるを得ない。
しかし、自分とて人の子だ。一年前まではネットや社会の至る所で『どんな人間でも素敵な恋人が出来る夢の様なアプリ』等と胡散臭い噂が飛び交った魔物アプリの真偽を確かめたかった。言葉の使い回しや言い方でどうにでもなるが、要するに人間誰しもが持つ好奇心が擽られてしまっただけだ。
それに魔物アプリという認識以前に、こっちは純粋にアプリゲームを楽しむつもりでダウンロードしたのだ。魔物アプリを知ろうが知らなかろうが、どっちにしろゲームをする事に変わりはない……即ち結果オーライだと深く考えずにポジティブに向き合うことにした。
そして僕がダウンロードしたアプリゲームは『クノイチスレイヤー』というゲームだ。内容は迫りくる追手から只管に逃げ、道の途中で仕掛けられた罠を躱し、待ち伏せる敵を撃破してゴールを目指すという所謂『逃げゲー』である。
ゲーム画面には最初期のファミコンみたくドットで作られたクノイチが映し出されており、真上には彼女のHPゲージが表示されている。それがゼロになるか、背後から追ってくる追手に捕まればゲームオーバーという仕組みだ。
しかも操作するクノイチは常に一定の速さで移動しており、ストップを掛ける事が出来ない。出来る操作は敵に向かって武器である手裏剣を投げるか、ジャンプして罠を回避するか、速度を遅くしたり速くしたりするぐらいだ。つまりは只管に走り続ける上にタイミングや一瞬の判断も必要となるノンストップ逃げゲーなのだ。
幸いにも一度失敗してやり直しても、敵や罠の配置は変わっていないので、失敗を繰り返しながら道を覚えてしまえばクリアする事も難しくはないという親切設計だ。
そうして
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