古き良き商店街も昼間は大勢の一般客でごった返していたが、夜中を迎えると客足は疎らになり、代わりに仕事終わりのサラリーマン達が憩いの場でもある飲み屋を求めてハシゴする姿が見受けられるようになっていた。
無骨な街灯と店舗の煌びやかな明かりで満たされた商店街の雰囲気は、人工の光で埋め尽くされているせいか昼間の時と比べて大きく異なっていた。昼間が万人受けする雰囲気だとしたら、夜は大人向けの色気がある雰囲気と言った所だろうか。
とは言え、真夜中の商店街で店を開いている所と言えばサラリーマン達の癒しでありオアシスでもある飲み屋か、大人向けの性的な店ぐらいだ。朝早くから店を開いている所はシャッターを下ろして店仕舞いするのが殆どだ。
午後9時頃、商店街で唯一のペットショップ『アニマルズ』の看板と店内の電源が落とされ、店員や店の家族だけが出入りする裏口から一人の若い青年が姿を現した。店長と思しき壮年の男性も彼を見送る為か、扉から半分だけ身を乗り出している。
「源ちゃん。今日もお疲れ様。また明日も宜しく頼むよ」
「は、はははい! あ、ああ有難うございました……!」
「ははは、相変わらず源ちゃんは上がり症だねぇ。顔が真っ赤だよ」
「すっ! すすすすすすいません!」
「ああ、別に気にしちゃいないって。それにこっちの動物を真面目に世話してくれるから、それだけで十分さ」
店長に源ちゃんと呼ばれた青年は己の顔が赤く染まっている事を指摘されると、余計恥ずかしさを覚えたのか、赤を通り越して紅蓮に染まった顔を何度も上げ下げして謝罪した。その度に肩まで伸びた長髪と眼元を覆い隠していた前髪が激しく揺れ動き、後者が僅かに浮き上がった瞬間に猫の様な大きな瞳が一瞬だけ露わになる。
「で、では! 失礼します!」
「ああ、また明日も頼むよ」
目の前の店長から注がれる視線がいたたまれなくなり、青年は改まって店長に一礼すると駆け足でペットショップを後にする。他者から見ればぎこちない別れ方ではあったが、青年の事を熟知している店長は不審に思うどころか、平然とした様子で走り去っていく彼の後ろ姿を見送った。
源ちゃんこと源田融(とおる)は人間同士のコミュニケーションが大の苦手を通り越して、破綻の領域に片足を突っ込んでしまっていた。その最たる証拠が店長との遣り取りでも見られた上がり症だ。
人と目を合わす事はおろか、視線を向けられたと感じるだけで顔が真っ赤になり動悸も早まる。正直これさえ無ければ人間社会で上手に立ち回れたのだろうが、中々どうして難儀としか言い様がない。
しかし、人間を苦手とする一方で彼は動物をこよなく愛した。それこそ犬や猫などの身近な愛玩動物だけでなく、亀やトカゲと言った爬虫類動物に至るまで。中々人間に向けられない彼生来の愛情や優しさは、その反動からか過剰なまでに動物達に注がれていた。
だが、そんな動物をこよなく愛する彼ではあるが、現在は小さなアパートで一人暮らしをしている。おまけにペットの飼育は禁止されている。そんな場所で一人寂しく暮らしていた彼であったが、最近はある楽しみを手に入れた。
それはとあるアプリゲームから入手したペット飼育ゲーム『猫の王国』と呼ばれるものだ。タイトル通り『猫』が主人公なのだが、この猫は普通の猫ではなく『ケット・シー』と呼ばれる猫の姿形をした魔物であり、人間の呼び掛けやパネルのタッチに反応してくれる他、どれだけ念入りに世話をしたかによってゲーム内のケット・シーの好感度が上下するという母性が擽られる育成ゲームだ。
この日も家に帰宅するや、帰宅途中のコンビニで買った弁当を食べながら、片手間にスマホを弄って一つの画面の中に収まっている三匹のケット・シーを可愛がる。
「よしよし、フローラは今日も可愛いな〜。レノアは体調が戻ったようだな。ローズは薬を投与したからダニやノミは付いていないな。うんうん、皆元気だなぁ」
ゲームだからか三次元と異なり二次元故の可愛さ愛くるしさが強調されており、猫なのに平然と二足歩行や会話も可能だ。だが、やはり猫の姿が基本なので源田の顔は今までになくダラしなくデレデレと鼻の下を伸ばし切っている。
彼がゲーム内で飼育している三匹のケット・シーはそれぞれ毛並みの色が異なっており、青に近い紺色はフローラ、鮮やかな新緑色はレノア、ピンクと赤の中間色がローズと毛の色で名前を呼び分けている。因みに性別は全員♀である。
同時に三匹のケット・シーを育成するのは中々困難ではあるが、無類の動物好きである源田にとっては苦でもなかった。寧ろ、三匹とも可愛くて可愛くて仕方がなかった。それこそ親馬鹿や孫馬鹿がよく言う“目に入れても痛くない”というヤツだ。
しかし、源田がケット・シーに抱く感情は動物やペット
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