魔物アプリ……キキーモラ編

 人間には向き不向きという物がある。全ての人間が同じ作業を平等に出来るとは限らず、ある作業に関して突出した能力を有した人間も居れば、真逆に不得手とする人間だっている。
 それが仕事という場面へ移り変われば適材適所の下、各々の働きに見合った役割を振り分けられる。そうすれば人間社会という物は大体上手い具合に稼働するものだ。

「つまり何が言いたいかと言うと、こればっかりは私の不得手なのだから仕方がないのだよ。分かるかい?」
「この状況下でよく言えますね、如月教授……」

 目の前に立っている教え子は私―――如月純呉を嫌悪感に満ちた眼差しでジトリと睨む。私は他人が下した自分への評価は全く気にしない性質だが、こうも面と向かってジト目で睨まれるのは流石に堪えるものがある。おまけに直接勉学を指導している教え子という点も加わり、精神的にも辛い。

 だが、教え子がそんな目で私を睨むのも無理ない。何故なら彼が指摘している状況下とは、他ならぬ私自身が招いた目の前に広がる惨状なのだから。

 ステンレス製のキッチンの流し台には食べ終えて数日以上経っているであろうレトルトのパックやカップ麺の器、コンビニ弁当のケースが積み重なった状態で水に付けたまま放置されており、流し台の底が全く見えない。というか、何時の日からか積み重なった状態が当たり前だと思ってしまい、気にも留めなかった。
 ゴミ箱には可燃ゴミと不可燃ゴミが一緒に突っ込まれ、分別なんて存在しないと言わんばかりの有り様だ。しかも、明らかにゴミ箱に収まる容量が限界を超えており、震度1弱で崩壊しかねない脆弱な山が築かれている。
 家の通路にはありとあらゆるゴミを放り込んでパンパンに膨れ上がったゴミ袋達が無造作に置かれており、これを掻き分けなければ家の中を歩き回る事が出来ないので色々と面倒だ。

 こんなゴミ屋敷みたいなうんざりする光景が広がっていますが……驚くなかれ、何とこれが我が家の現状です。

 そしてこんな矢先に住んでいるのが私……如月純呉30歳、都内の大学で歴史学を中心に教鞭を執っている教授だ。
 よく周囲からは『年齢の割に若く見えるね』という言葉を掛けられるが、これは決して三十路に入った私に対する褒め言葉などではない。収まりの悪いボサついた髪にダラしない風体のせいで三十路の男性に相応しい風格が無いと遠回しで言っているだけなのだ。
 おまけに私の下で歴史学を学んでいる教え子からは『まるでうだつの上がらない浪人生みたいだ』と言われてしまった。余計な御世話だと言いたいが、過去に同様の意見を言った生徒が数多く居た為、現在では苦笑いを浮かべてやり過ごすだけだ。

「別に問題は無いだろう? 此処は私の家であり、私が家主なんだ。何をどうしようが、私の勝手だよ」
「教授の家に資料を持ち運ぶ私の身にもなって下さい!」

 冗談抜きの本気の怒声を上げた教え子は、力任せに掌を机に叩き付ける。その衝撃で灰皿が僅かに浮き、その中心に築かれた吸い殻のタワーが崩壊しそうになったものの、幸いにもクモの巣掛かった私の反射神経が珍しく良い仕事をしてくれたおかげで大惨事に繋がりはしなかった。
 危ないじゃないか―――と口に出そうとしたが、そもそもこうなっている原因は私にあるので言い出せず、寸前の所で言葉を飲み込んだ。すると私が何も言わないのを絶好の好奇と見たのか、教え子は私に向かって一気に言葉を捲し立てた。

「大体ですね、他の皆も教授の家に入るのを嫌がっているのが正直な所なんですよ! 高井先輩は教授の家を『ゴミの埋め立て地だ』と断言して顔を引き攣らせていますし、友達の上坂なんて先生のゴミ屋敷を見ただけで蕁麻疹を起こしていますし、そして何より他の教授達は如月教授の家に寄り付こうとすらしません! 如月教授に資料を持って行く時は、必ず私達にお願いするんですよ!? どうして私達にお願いするかは言わずとも分 か り ま す よ ね ! ?」
「えーっと……はい」

 想像を超えた教え子の剣幕に私は背筋を正し、頷くしかなかった。思い返してみれば確かに資料を持ってきてくれるのは教え子ばかりで、他の先生方は最初の一度っきりで、その後は足を運んでくれなかったっけ。

「とりあえず、先生にはこれが必要だと思います」

 そう言って教え子が机の上に置いたのは自身のスマートフォンだった。『これ』と言って出したのだから、恐らくスマートフォンの画面を見ろと言っているのだろう。彼の無言の訴えに従って画面を覗き込むと、そこに表示されていたのはスマホでは御馴染のアプリゲームだった。

「ええっと……『屋根裏のハウスキーパー』……何これ?」

 スマホから顔を上げて教え子を見遣れば、憎たらしさを通り越して見事としか言い様の無いドヤ顔を浮かべて、このアプリゲームの
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