薄い雲の隙間から月光の光が降り注ぎ、荒れた大地の一角に建てられた古き良き石造りの城を照らし付ける。高さは然る事ながら、城の四方は深い堀で囲まれ、万が一に軍勢に攻め込まれても、そう簡単に入れさせない作りとなっている。
唯一通れる道は城の正面入り口に設けられた跳ね橋のみだ。しかし、それも上へ跳ね上げられてしまっているので通れる事は事実上不可能だ。
この城は嘗てこの地に君臨した権力者が、自身が此処に居た証し、そして“力”の象徴として建てさせたものだ。そして大勢の人々を雇い入れ、たった一人の傲慢な主の為に働かせていたに違いない。
しかし、それも遠い昔の物語である。今では城内に人の気配は一切感じられず、明かりも月明かりを除けば皆無だ。あるのは蓄積した数百年分の埃と、居なくなった城の主と従者に代わって住みついている昆虫やネズミ、そして部屋の隅々に張り巡らされたクモの巣のみだ。
権力者が君臨していた頃に激戦を潜り抜けたのかは定かではないが、主を守る為の城壁は長い年月に渡る雨風で風化し、所々が欠けてきており、大砲はおろかやや強い地震が襲い掛かっただけで今にも崩れそうだ。
虚しい沈黙と周囲の荒れ地と相俟って、強固な権力を誇示した城は今では寂れた岩の塊と化してしまっていた。
しかし、そんな哀れな城の見張り台と思しき塔の上で相対する二人……いや、二匹の魔物の姿が見受けられた。
漆黒の荒々しい毛並みと黒に近い灰色の皮膚、そしてマグマの炎を彷彿とさせる赤い瞳を兼ね備えたヘルハウンド。
対するは純白の流れる様なストレートヘアーに、穢れの無い新雪の如く白い鱗で覆われた蛇の下半身を持った白蛇。
ヘルハウンドは上半身を地面スレスレにまで低くし、下半身を高く突き上げる四つん這いのポーズを取りながら『グルルル』と低い唸り声と、相手を射抜く鋭い眼光で威嚇する。
一方の白蛇はヘルハウンドの威嚇に気押されるどころか、涼しい顔を浮かべながらクネクネと上半身を揺らしてヘルハウンドを挑発するような笑みを携えている。しかし、その瞳は笑っておらず、寧ろ敵愾心の色が強く浮かび上がっている。
両者の間にあるのは敵対心のみ。ヘルハウンドの威嚇も、白蛇の挑発も、どちらも互い特有のファイティングポーズのようだ。つまり臨戦態勢という訳だ。
互いに睨み合いが続く中、先に仕掛けたのはヘルハウンドだった。四つん這いの格好から、四脚の筋肉をバネのように弾ませて白蛇へ襲い掛かる。
可愛らしい女性の姿とは言え、その牙は狼のそれと何ら遜色はない。獲物を噛み殺し、血肉を貪る為に備わっているものだ。まともに噛み付かれたら一溜まりもない。
だが、白蛇は向かって来るヘルハウンドに対し、自身の持つ強靭な尻尾を鞭のように振る舞い相手を叩き落とした。白蛇の攻撃を受けてヘルハウンドの身体は石造りの床に激しく叩き付けられ、まるで蹴鞠のようにワンバウンドするものの、空中に浮いた僅かな間に器用に体を捻らせ、体勢を立て直して着地した。
ヘルハウンドが華麗な着地を決めたのも束の間、今度は白蛇が蒼白い火の玉を両手から交互に放ち、彼女を追い詰めようとする。
弧を描くように降り注ぐ火の玉をヘルハウンドは右へ左へと素早く動き回って攻撃を避けてみせる。しかし、彼女が避けた後に落ちた火の玉は消えはせず、火の勢いを保ったまま燻り続けていた。もしも誤って踏んでしまえば、彼女の足も少なからずの傷を負うのは目に見えている。
されど火の玉が放たれる速度は然程速くもなく、ヘルハウンドの脚力を持ってすれば回避する事は雑作もなかった。だが、彼女は降り掛かる火の玉に意識を集中し過ぎたが故に視野が狭まり、自分が追い込まれている事に気付いていなかった。
それに漸く気付いた頃には、自身は塔の端へ追い込まれ、周囲は蒼白い炎の海と化していた。正に逃げ場を失ってしまったのである。
そして白蛇はトドメの一撃と言わんばかりに両手を添え、特大の火球を逃げ場の無いヘルハウンドに向けて撃ち放った。今まで適当に放っていた火の玉とは比べ物にならない大きさと速度、無論その威力も言わずもがなだ。
放たれた火球は吸い込まれるようにヘルハウンドへと向かって、やがて盛大な爆発音を立てて彼女に命中する――――筈であった。
火球が命中する直前、ヘルハウンドは自慢の脚力で頭上へ跳び上がって攻撃を躱した上に、火球が引き起こした爆発の勢いを利用して窮地を脱したのだ。
そして九死に一生を得た彼女が降り立ったのは、散々自分を追い詰めた白蛇の背後であった。
白蛇もヘルハウンドの動きには細心の注意を払っていたが、この予期せぬ行動に反応が遅れてしまった。完全に後ろへ振り返るよりも先にガラ空きの脇腹に鈍い衝撃が走り、直後に痛覚が襲い掛かる。
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