真夜中の追い駆けっこ

「全く以て極楽じゃねぇか、ええ?」

キャサリンの言葉に甘えて隣の部屋を借りた俺だが、そこに広がる光景を目の当たりにして、そう独り言を言わずにはいられなかった。
生まれて初めて見る汚れ一つない真っ白な高級ベッド、天井からぶら下げられたシャンデリア、そして部屋の中に置かれてある棚や花瓶などの装飾品、どれもこれも職人魂と呼ぶに相応しい特級品ばかりだ。挙句の果てにはバスルームとシャワー付きという、至れり尽くせりときたもんだ。

恐らく、これらも全部キャサリンが魔法で元の状態……王族が住んでいた頃の状態に戻したのだろう。しかし、俺みたいな薄汚い傭兵が果たしてこんな豪華な部屋で寝泊まりしても良いのだろうかと、恐れ多い気もしてきた。ヤバい、こりゃ休めないかもしれねぇ。

「まぁ、どうせ今晩だけだし。一夜限りの贅沢だと思って寝ちまうか」

そもそも、当初は最悪の場合を想定して野宿を覚悟していたんだ。それに比べれば、こんな豪華な部屋で寝泊まり出来るのは幸運以外の何物でもない。
そうだ、全ては幸運の賜物なんだ。そう考えると恐れ多いと思っていた感情も薄れ、ゆっくりと休める気がしてきた。

そして俺はシャワーを浴びて汗と身体の汚れを落としてから、ベッドに潜り込み目を閉じた。安い宿にある薄っぺらい木の板と布を敷いただけの硬くてボロいベッドとは異なり、高級ベッドに用いられた羽毛や羊毛の柔らかさと温もりは正に天国だ。
夢見心地とは正にこの事だ。あっという間に睡魔が襲い掛かり、何時もよりも早く眠りの世界へと落ちていった。




昼間から降り始めた土砂降りの雨は真夜中も勢いを保ったまま降り続き、ナハトの街を潤していく。いや、既にその雨量は潤すの範囲を超えている。
だが、幸いにもナハトは雨に強い街らしく、大量の雨量にも拘らず未だに何処も冠水していない。雨に強い立地条件や、築かれた街の基礎が極めて優秀だと言う証拠だろうが、そこに住む人間が居なくなり、滅んでしまったのは残念としか言い様がない。

時折、雷の音も聞こえるが、それでも昼間の頃に比べれば遠ざかった方だ。多分、明日の昼か夕方には雨は明かり、ナハトの頭上には青空が顔を見せてくれるだろう。まぁ、どちらにせよ明日の昼間はナハトではなく、此処から少し離れた村に居るだろうけどな。

ベッドに潜り込んだままチラリと目を開けて部屋の窓から外の様子を窺うが、まだ東の空に太陽の姿はない。この冬の時期、太陽が昇り始めるのは7時前ぐらいか。それを考慮すれば、恐らく今は真夜中の3時か4時ぐらいというところだな。

まだ時間はある。もう少し休んで体力を温存しよう。

……………
…………
………
……


私達、アンデッド族の魔物に睡眠というものは必要ではない。既に死んでいるのだから、人間に必要不可欠だった機能が停止したという事なのだろう。但し、魔物娘の影響で人間ならば誰しもが持つ性欲は残っている。いや、生前よりも遥かに強くなっていると言うべきか。おかげで私の頭の中は常に魔法の研究と、精に対する探求心で一杯になってしまった。

まぁ、今まで興味が無かった物事にまで興味を抱けたおかげで視野が広がり、魔法の研究と絡ませる事で更なる発見が期待出来るので結果オーライという事にしておこう。

だが、その淫猥な研究を行う為にも必要不可欠なのは男だ。女は私や他の魔物娘が居るので必要無い。今までにも複数の男を捕まえたが、どいつも短小だし、2回か3回出しただけですぐに根を上げてしまう。度重なる性行為のせいだという見方もあるかもしれないが、ゾンビやグールに性行為の自重を求めるのは無理と言うものだ。

そして私も彼女達同様に、人間の男性を精の対象として見ている。それはこの部屋に一泊させたガルフという傭兵も同様だ。
いや、彼に対しては他の男には無い特別な感情を抱いている。一言で言えば気に入っている。彼だけはゾンビやグールに任せず、自分自身の手で研究材料の一つとして扱いたいとさえ思う程だ。因みにコレが私なりの精一杯の愛情表現だ。

「キャサリンさまー、入ってもいいですかー?」

私の後をゾロゾロと付いて来ている10人のゾンビの内の一人がメリハリの無い声で私に尋ねる。彼女達は何も考えずに私の後に付いて来た訳ではない。寧ろ、私が彼女達を連れて来たのだ。

彼女達を連れて来た目的は他ならぬガルフの捕獲だ。ゾンビは人間の女性と同じ筋力しか持たず、一対一ならば生身の人間でも十分に勝機はある。だからこそゾンビは数の暴力で相手を圧倒するのだ。更に+αで私の魔力による肉体強化が成されれば、それこそ正に鬼に金棒だ。

私はゾンビ達に『待て』と合図を出し、部屋の扉の鍵が掛けられているかどうかの確認をする。音を立てないようにドアノブを捻るが、鍵が掛けられているせいで開かない
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