何時の時代も流行り病というものは厄介だ。いや、厄介どころの話ではない。大量の人間に死と恐怖をばら撒く、宛ら死神と疫病神が合体したようなとんでもなく嫌な奴だ。
そんな厄介な流行り病も二年前まで猛威を振るっていたが、ここ最近は鳴りを潜めたらしく感染者の死亡は聞かなくなった。あくまでも俺の耳に届く範囲内ではあるが。だが、それでも数年前まで当たり前のように広がっていた屍累々と言った地獄の様な光景は見なくなったのは結構な事だ。
「もう……五年か……」
小雨が降り注ぐ険しい山道を歩き、ふと上空の灰色の雲を眺めながら呟いたのは俺―――剛隻腕というあだ名で傭兵界に名を轟かせているガルフ・ライゼンだ。
突然泣き出した空が恨めしい訳ではない。ましてや今歩いている道が険しいのを呪っている訳ではない。しかし、顔を顰めてしまうには理由がある。
「キャサリン、お前が流行り病に殺されたなんて……今でも信じたくねぇよ」
この山道の先にある超巨大墓地『ナハト』でキャサリンは眠っている。眠っているというのは単なるお昼寝という意味じゃない。死という人間誰しもが経験する意味での永遠の眠りだ。
彼女は有能で最強と呼ぶに相応しい魔法使いだった。最上級Sランクの、所謂エリート中のエリートと言われる魔法使いだった彼女。彼女の右に出る者は誰一人としておらず、戦争となれば彼女の力だけで戦況を左右する事も可能であった。味方からすればこれ以上にない程に心強く、敵対者からすれば恐ろしい以外の何者でもない。そんな存在だった。
また彼女は誰に対しても優しかった。同僚の魔法使いだけでなく、戦場で戦う兵士、更には俺のような金の為だけに命を張る傭兵にでさえ平等に接してくれた数少ない優しい女だった。いや、お人好しと呼んでも良いぐらいに良い奴だった。
だが、そんな彼女にも弱いものがあった。それは身体だ。彼女の身体は同年代の女性と比べれば極めて病弱であり、軽い風邪でもあっという間に肺炎などの重病を引き起こしてしまう程だ。
そんな病弱な彼女が流行り病に掛かったとなれば、掛かった時点で死亡宣告を受けたも同然だったに違いない。そして……五年前、遂に彼女は流行り病によって還らぬ人となった。
最初は彼女の死に対し、大勢の人が悲しんだ。いや、悲しんだ素振りをしたと言った方が正しい。実際に悲しんだのは彼女の死ではなく、彼女を失った事で発生する損失だ。特に軍は彼女が死んだ瞬間、軍事的有利を失ったとして緊急の軍事会議を開いた程だ。
また魔法使いとして天賦の才を有していたキャサリンに影で嫉妬していた同僚の魔法使いの何人かは、彼女の死を心の底から喜んだそうだ。他人にはあって自分には無い才能を恨んだり妬んだりする、人間が持つ嫉妬心から生まれ出る醜い一面というやつだな。
あとの残りは俺みたいに純粋に彼女の死を悲しみ奴ぐらいだ。彼女に救われた大勢の人間はキャサリンの死に涙を流し、彼女の冥福を祈った。
しかし、人間という生き物は薄情だ。その時は彼女の死を心から悲しんだり、冥福を祈ったり、彼女の死を忘れないなんて大層な言葉を吐いておきながら……一年経ったらコロリと忘れちまう。何もかもだ。
対する俺はと言うと、キャサリンの命日にはちゃんと彼女の事を思い出していたし、彼女が今頃は天国で穏やかに暮らしているだろうと信じている。
だが、こうやって彼女の墓参りの為に墓地へ向かうのは彼是五年振りだ。先に言っておくが、決して忘れていた訳ではない。中々、そこへ足を運べなかっただけだ。軍に就職して、この近くに居続けられれば命日に足を運ぶ事も可能なのだが、残念ながら俺の職業は傭兵だ。戦場は選べない、戦場がある場所しか居られない、戦争が無い場所には留まれない、こういった傭兵ならではの悪条件があるので中々墓参りには行けなかったのだ。
そしてもう一つは……俺自身が彼女の死を認めたくないからだろう。今尚、心の何処かで死んだ彼女を求めている女々しい自分が居る。大の大人になって、しかも名を馳せた傭兵だと言うのに、格好悪いったらありゃしねぇ。
だから、そういった女々しい自分とおさらばし、未だに引き摺っている過去と決別する為に今日漸くキャサリンの所へ足を運ぶ決心をしたのだ。
「……急がねぇと本降りになってきそうだな」
チラリと顔を上げて遠くを見れば、薄い灰色の雲を押し退けて、こちらへ迫って来るドス黒い雲があった。黒い乱雲からは落雷の音も聞こえてきた。今はまだ遠いが、雲の動きから察するに俺の頭上に到達するのは一時間弱って所だ。
これは下手すると土砂降りに見舞われて、今日中に宿へは戻れないかもしれないな……そう考えると俺の足は自然と小走りとなり、最終的にはナハトへ続く道を全力で駆け抜けていた。
超巨大墓地ナハト――名前から察しての通り、
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